「神に引き出された子モーセ」出エジプト記2章1節~10節
今年は、木曜日のカウンセリングの学びで、「ライフサイクルと信仰」と題して、乳児期、幼児期、児童期、青年期、壮年期、中年期、老年期とそれぞれの年代が抱える問題について学んでいます。私たちの人生には、その年代に共通する問題があります。その問題を正しく乗り越える時、人格が成長しますが、その問題を乗り越えられないとき、宿題を抱えたままの子どものように、体は成長しますが、心の成長がとどまっており、後々にその問題で苦しめられる、または、問題を引き起こす原因となります。
今日から、三回に分けて、出エジプト記のモーセから学びます。モーセは120歳で天に召されますが、彼の人生は、誕生から40歳、40歳から80歳、80歳から120歳と三つに区切ることができます。モーセのその時々の出来事を通して、神様の計画と人間の成長を考えます。
1.モーセの誕生の背景。
出エジプト記は創世記の流れを引き継いでいます。創世記の終わりは、ヤコブの家族のお話で終わっています。そのヤコブの家族70人がヨセフを頼って、エジプトに移り住み、一つのヘブル民族へと成長していきます。神様の計画は、このヤコブの家族を一つの民族へと成長させることでした。そのためには大きく豊かな国が必要でした、まさに、エジプトはその目的にふさわしい国だったのです。ヘブル民族は神様の祝福を受けて大きな民族へと成長しました。それは、エジプトの王を恐れさせるほどの影響力を持つ民族へと成長したのです。出エジプト記の年代を正確に知る資料は残されていないので、ヤコブの家族がエジプトに移住してどれだけの年数がたったのか判断はできませんが、およそ、四百年後に、ヨセフのことを知らない王が誕生し、イスラエルの民を恐れ、激しい迫害を加えるようになりました。エジプトの王は、へブル人を激しい労働で苦しめるとともに、その人口を抑えるために、男の子が生まれたら殺すようにヘブル人の助産婦に命じました。しかし、ヘブル人の助産婦は神を怖れ、エジプトの王の命令には従わなかったとあります。
出エジプト記2章にモーセの誕生のお話が登場します。モーセが生まれた時代、エジプトの王の迫害はさらに激しくなり、男の子が生まれたらナイル川に投げ込まなければならないという厳しい王の命令が下されていました。モーセの両親は何とかモーセを生かそうとしますが、ついに、隠しきれなくなり、モーセをかごに入れて、ナイル川の岸に置くことにしました。それは、誰かに拾われてモーセが生き延びることを願ってのことでした。そのかごを見つけたのはエジプトの王の娘でした。彼女は、この子がヘブル人の子どもであることを知りながら、自分の子として育てる決心をしました。また、その子を水の中からこの子を引き出したとして、モーセ(引き出す)という名を付けたのです。しかも、モーセの姉ミリアムはすかさず、王の娘の前に現れ、その子のためにヘブル人の乳母を紹介すると言って、自分の母を乳母として紹介し、モーセは、しばらくの間、母のもとで育てられることになったのです。その後、モーセは、エジプトの王の娘の子として、王宮で育てられました。当時、エジプトは世界の中心で、世界中の情報がエジプトに集まっていました。モーセは、エジプトの王宮で将来、エジプトの国を支える王家の一人として大事に育てられたのです。
2.ヘブル人モーセ。
モーセが40歳になった時、大きな出来事が起こりました。モーセは自分がヘブル人であることを知りつつ、エジプトの王の娘の子として生活していました。大人になった、モーセが見たものは、同じヘブル人の苦しむ姿でした。モーセは、この苦しみからヘブル人を助けたいと思っていました。ある日、モーセは、エジプト人がヘブル人を打っているのを見て、ヘブル人を助けるためにエジプト人を殺してしまいました。また、そのことがエジプトの王に知れるのを恐れ、エジプト人の死体を砂の中に隠しました。ところが翌日、ヘブル人同士が争っているのを見て仲裁に入りますが、昨日、エジプト人を殺したことがすでに明らかになっていることを知り、エジプトの王を恐れ、ミデヤン(砂漠の民)地方へと逃れたのです。
3.考察。
私たちは、何の目的もなく偶然に生まれた者ではありません。私たち一人一人は、神様のご計画によって命が与えられ、この世に誕生しました。また、私たちは生まれる時、場所(国)、家族を選ぶことができません。神様は私たちに、一番ふさわしい時、ふさわしい場所、ふさわしい家族の中に誕生させてくださいました。その意味を私たちは初めは誰も知りません。モーセが生まれたのは明らかに、イスラエルの民をエジプトの国から助け出し、神様がアブラハムの子孫に約束した地カナンに導くためでした。しかし、モーセは80歳になるまでその神様の計画を知りませんでした。しかし、神様はモーセの知らない所で、ご自身の計画は進められていたのです。モーセはヘブル人として生まれ、ヘブル人の指導者として、ヘブル人を導くために、様々な知恵とリーダーシップを身に着ける必要がありました。そのためには、エジプトの宮殿で育てられるのが一番でした。そのために、神様はエジプトの王の迫害を利用し、エジプトの王の娘を用いて、ヘブル人の子モーセをエジプトの王家の一人として育てさせたのです。モーセが40歳になった時、ヘブル人の苦しみを見て彼らを助けたいと思いましたが、まだ、神様の時ではありませんでした。モーセがイスラエルの民をエジプトから助け出すためにはさらに40年の歳月が必要だったのです。
モーセの誕生を振り返ってみると、モーセの誕生した時代は、エジプトの王の迫害のもっとも厳しい時代でした。しかし、モーセは温かい両親の愛に包まれて乳児期、幼児期を過ごすことができました。この時期はモーセがヘブル人としての自覚を持つために大切な時期でした。また、モーセは児童期から青年期までをエジプトの王宮で育ちました。この時期は人格形成に大切な時期で、モーセは、自分がヘブル人でありながら、なぜ、エジプトの王の娘の子として、エジプトの王家の一員として育てられているのか葛藤の時期であったと考えられます。この時期、モーセには二つの選択があり、この間で揺れ動いていたと考えられます。一つは、自分の身分を隠してエジプトの王家の一員として豊かな生活、権力者の側で生きる道。もう一つは、先祖から伝わるヘブル人として生きるか。モーセが40歳になった時、神様は大きな決断をモーセに与えました。エジプト人がヘブル人を打っている時、モーセはそれを無視することもできました。それはエジプトの王族として生きる道を選択したということです。しかし、モーセは、憤ってエジプト人を殺してしまいました。このことはヘブル人として生きることをモーセが選択したということです。モーセは次のステップ、訓練へと導かれたのです。私たちの人生も偶然の積み重ねではありません。神様が私たちを生み出してくださったならば、その背後に神様の働きがあります。今は、その意味がわからなくても後になってその意味を知る時が来ます。私たちは過去を変えることはできませんが、過去について考えを変えることはできます。ヨセフは兄弟たちに憎まれ、エジプトに奴隷として売られてしまいました。その時は兄弟を恨み、何故、そんな苦しみが与えられたのか分かりませんでした。しかし、後に、ヨセフがエジプトの総理大臣に任命された時、神様は大きな飢饉から、家族と多くの人々を救うためであったことを知ったのです。モーセも、どうして、自分がヘブル人として生まれたのに、エジプトの王の娘の子としてエジプトの王宮で育てられたのか、その意味はわからなかったでしょう。しかし、モーセが80歳になり、神様と出会った時、全てが神様のご計画であったことを知ったのです。私たちの人生も同じです。なぜ今の苦しみがあるのか、なぜ、このような悲しみがあるのか。しかし、全ての苦しみ悲しみには意味があります。全ての苦しみ悲しみを神様に委ね、信頼して歩むとき、神様は私たちの想像を超えて大きな祝福を持って私たちの人生を祝福してくださるのです。