キリストの復活によって私たちが受ける恵み

「キリストの復活によって私たちが受ける恵み」ローマ人への手紙5章10節11節

先週は、イエス様の復活を祝うイースターの特別な礼拝の日でした。イエス様が死より三日目に復活され、天に昇って行かれることによって、私たちの生活の何が変わったのでしょうか。

  • 神との和解(ローマ人への手紙5章10節11節)

神が六日間で天地すべてのものを創造され、私たち人間を創造された時、神様と人間とは親しい信頼関係を持っていました。その関係を壊したのが、アダムとエバの罪です。神様はアダムに対して、創世記2章16節17節「あなたは、園のどの木からでも思いのままたべてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ」と仰せになられました。しかし、二人はサタンの誘惑に負けて、神様が食べてはいけないと戒められた、善悪を知る木から取って食べてしまいました。二人はすぐに死ぬことはありませんでしたが、エデンの園(神様の守り)から追いだされてしまいました。私たちは、アダムとエバの子孫として、罪を犯しやすい性質(原罪)を受け継ぎ、アダムとエバと同じように罪を犯し、神との親しい関係を失ってしまいました。この神と人との親しい関係を和解させてくださったのが、イエス様の十字架の死と復活です。イエス様は神の子でしたが、私たちの罪の身代わりとなるために、人としての性質を持って生まれてくださいました。それだけではなく、すべての人の罪を背負って十字架の上でいのちをお捨てになられました。それは、私たち一人一人が神様に支払うべき罪の代価を、罪の無い、神の子、イエス。キリストが、ご自分のいのちを差し出すことによって贖って(支払って)くださったということです。私たち人間は、イエス様のいのちによって、罪赦された者として、神様との親しい関係を回復することができたのです。

  • 聖霊降臨(ヨハネの福音書16章7節、使徒の働き1章8節、2章1節~4節)

イエス様は、天に昇られる前に、弟子たちにこのようにお話になられました。ヨハネの福音書16章7節「しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。」さらに、イエス様が復活した後、このように弟子たちに命じました。使徒の働き1章8節「しかし、聖霊があなた方の上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てまで、わたしの証人となります。」そして、使徒の働き2章で、五旬節(ペンテコステの日)に弟子たちにその約束の聖霊が降ったのです。4節「すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。」とあります。使徒の働きの中心は聖霊の働きです。弟子たちに聖霊が降らなければ、弟子たちは、依然として人々を恐れ、部屋の中に隠れていたのではないでしょうか。その彼らを突き動かしたのが聖霊の働きでした。それゆえ、イエス様は弟子たちに使徒の働き1章4節で、「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束(聖霊)を待ちなさい。」と言われたのです。

  • 教会の誕生(使徒の働き2章41節~47節)

弟子たちに聖霊が降ると、弟子たちは外に出て行って、イエスがキリストであることを証ししました。特に、弟子の頭であるペテロは、大胆にイエス様の復活について説教をしました。それを聞いて三千人が洗礼を受けて弟子に加えられました。聖霊が弟子たちに降る前は、百二十名ほどが、部屋に隠れてお祈りをしていたとあります。それが、いっぺんに三千人が加えられたわけですから、使徒たちも大変であったと思われます。彼らは、使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き祈りをしていました。また、貧しい人々も多くいたため、彼らの生活を守るために、多くの財産を持っている者は、教会に献金し、助け合いました。初代の教会と現在の教会との立場は少し違いますが、教会が信者たちの助け合いの場であることには変わりありません。私たち、一人一人は弱い者ですが、私たちが愛し合い助け合うことによって、神様の御名が崇められるのです。

  • 異邦人の救い(使徒の働き1章8節、11章16節~18節)

使徒の働き1章8節で、復活されたイエス様は「エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」と命じられました。弟子たちはその命令を理解できたでしょうか。彼らは、イエス様の命令を理解できず、依然として、異邦人には近づかず、同国人であるユダヤ人にだけに伝道していました。それには、ユダヤ教の影響が弟子たちに残っており、弟子たちも、ユダヤ人以外の異邦人に積極的に近づこうとはしなかったのです。それを乗り越えさせたのが、クリスチャンへの迫害です。彼らはエルサレムから逃れ、外国に行くにしたがって、他の国の人々にもイエス様の話をするようになったのです。また、使徒の働き10章で、イタリヤ隊の百人隊長コルネリオが祈りをささげている時、御使いによって、ヨッパにいるペテロを招くように言われました。コルネリオは敬虔な兵士を選んで、ペテロのところに使いを出しました。そのころ、ペテロは、敷布が自分の前に降りてきて、中に汚れた動物が入っている幻を見ました。そして、ペテロはほふってたべなさいという声を聞きました。ペテロは今まで汚れたものを食べたことがありませんと答えましたが、「神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない。」という声を聞きました。そこに、コルネリオからの使者が来て、彼らに付いて行くように御霊が言う声を聞き、ペテロは彼らについてコルネリオの家に行ったのです。そして、彼らがペテロの話を聞いていると、彼らにも聖霊が降り、ペテロは彼らにも洗礼を施したのです。また、パウロはキリスト者を迫害する者でしたが、復活したイエス様と出会い、180度変えられ、イエス様の復活を信じ、キリスト教を伝道する者となり、パウロによって積極的に、異邦人への伝道が進められ、世界中にキリスト教が宣べ伝えられるようになったのです。以前はユダヤ人だけの宗教、救いでしたが、神様はイエス様を通して、民族に関係なく、信仰による救いの道を備えてくださったのです。

イエス・キリストは私たちのために、人として生まれ、十字架で死に、三日目に復活して天に昇って行かれました。私たちは、イエス様の復活によって、神様と和解ができました。また、父なる神は私たちのために、聖霊を送って下さいました。また、神様は私たちの信仰を守るために、信仰の共同体としての教会を与えてくださいました。また、ユダヤ人だけではなく、ペテロやパウロを通して、神様は全ての人を救ってくださることを教えてくださいました。イエス様の復活は、二千年前の出来事ですが、今、生きている私たちに対する神様の恵みであることを感謝します。