2023年3月19日 主日礼拝メッセージ

「天の主人と共に喜ぶために」マタイ 25:14-30                    金田洋介 牧師

ある人が旅に出る際、3人の僕たちそれぞれの能力に応じて、5タラント、2タラント、1タラントを預けて旅に出ました。すると5タラント預かった僕(しもべ)はすぐに行動に起こして商売をし、5タラント増やしました。2タラント預かった僕も同様に、2タラント増やしました。ところが、1タラント預かった僕は、その1タラントをそのまま土の中に埋めて隠してしまったのです。長い時が経ち、主人が帰って清算することになりました。5タラント、2タラントを増やした僕たちの報告を受けた主人は、二人に同じ言葉を持って褒め、共に喜びました(20〜23節)。一方、1タラントを預かった僕は、「主人が意地悪で厳しい人なので、恐ろしくなってタラントを土に隠していた」と告白し、預かった1タラントをそのまま主人に返します。主人はこの僕の言葉と行動に心を痛め、彼からタラントを取り上げて10タラント持っている者に与え、彼を外へと締め出しました。

この譬えが私たちに語っているいくつかの事に心を開きましょう。旅に出て帰って来た主人とは、十字架の死から復活し天に昇られたイエス様が再臨されることを指し、主人の帰りを待つ僕たちは、私たちを指しています。ですから、僕たちが主人からタラントを預かったように、私たちもこの地上の生涯において、それぞれの能力に応じて託されたタラントがあるということなのです。イエス様が再臨された時、この地上に戻られた時、全てを清算する時が来るのです。その時、天の主人であるイエス様に「良い忠実なしもべよ」と褒められ、イエス様と共に喜びに与るか、それとも、「悪い怠け者のしもべだ」と嘆かれ、外の暗闇に出されてしまうか、私たちは真剣にイエス様の言葉に耳を傾けなければなりません。

では、ここで語られているタラントとはどういう意味なのでしょうか。タラントは神様から与えられた能力であると共に、それらを活かすために与えられた機会(チャンス)であると言えるでしょう。それぞれの与えられた能力と機会を用いる時、天の主人であるイエス様(神様)は喜ばれるということなのです。次に、褒められた僕たちに注目しましょう。主人は彼らの何を喜ばれたのでしょうか。儲けた方法でしょうか。それとも、儲けた金額だったでしょうか。どちらも違います。そもそも、主人がタラントをそれぞれに預けた時、何も命じてはいません。「このように活用しなさい」とか、「増やしなさい」などと、一切言っていません。ですから、どのように用いようが、どのくらい成果をあげるかが重要なのではなく、いかに忠実であったか、という事なのです。僕たちは、タラントを託された主人に精一杯応答し、主人も彼らの忠実な姿勢を喜ばれたのです。神様は、私たちが神様に与えられた能力、賜物、機会(チャンス)にいかに忠実であったか、どのような思いでそれらを用いたかを見ておられるのです。いつか必ず、私たちは主の前に立ち、与えられたタラントを清算する時がきます。天の主人であるイエス様に「良き忠実なしもべよ」と呼ばれ、共に喜ぶことができる日を思い、日々を過ごしましょう。

今日のお花は、小手毬、ヤマブキ、ユリ、カーネーション、アルストロメリアです。