2023年9月10日 主日礼拝メッセージ

「わたしが主であることを知るために」アモス書9:1-15   金田洋介牧師

アモス書最後の章である9章には、5つ目の幻について語られています。最後の幻は、祭壇の側に立っておられる主を見たとあります。どのような意味があるのでしょうか。

第五の幻~祭壇の傍らに立っておられる主~

9:1a 私は、祭壇の傍らに主が立っておられるのを見た。アモスは、祭壇の傍らに立っておられる主を見ました。そして、1節後半から告げられる言葉は、徹底的な神様の裁きについてでした。天であっても、地の底にあっても、山であっても、海の底にあっても神様の裁きの手から逃れることは出来ず、御前に引き出されるというのです。

神の主権 ~滅ぼし、救うことのできる主~

次に主は、異国人もイスラエルの民も神様の前に何の区別もないと告げられました。イスラエルの民は出エジプトという特別な経験をし、それを誇っていましたが、エジプトから救い出してくださった神様を捨てて、偶像礼拝に囚われてしまいました。また、彼らが犯した数々の罪がアモスによって指摘されています。神様の栄光を現すべき神の民が、神様の御名を汚し続けていたのです。堕落した民の姿は他の異国人と同じでした。もはや、神様の目に何の区別もありません。神様の裁きは罪を犯す全て者に等しく臨むのです。しかし、神様は全てを滅ぼし尽くさないと言われます。神様はここでも民を憐れまれます。神様は裁き主でありますが、どこまでも憐み深いお方、罪人が罪を悔い改めて救われることを願っておられるお方なのです。だからこそ、何度も、何度も、ご自身の言葉を預言者に託されたのです。
神様の言葉は聖書に記され、世界中に届けられました。誤った道から、滅びの道から、私たちを正しい道に導くため、悔い改めるため、救いに導くため、自由を得させ、永遠の命を得るためです。この神様の御思いを知ってほしいのです。

わたしが主であることを知るために ~回復と祝福の約束~

11節以降は、神様の国が回復される預言です。それはイスラエルが再建されるということ以上に、民の罪によって蔑まれた神様の御名と栄光が回復されること、そして、神様によって創造された全世界の人々一人一人が、神様を自分の主であると認め、受けいれ、本来あるべき姿に回復されるためです。それはイスラエルの民だけではなく、エドムに代表されている異邦人、すなわち全人類を指します。そして、神様から与えられる祝福は、私たちの想像を遥かに超える祝福であり、神様を信じる者全てに与えられる祝福です。
アモス書を8回に渡って学びました。神様は全力で、「わたしが主であることを、あなたに知ってもらいたいんだ。」そういうメッセージが込められていたように思います。「神様って、こういうお方なんだ」という発見がありましたか?その発見を喜び、さらに神様を知ることができるように求めましょう。たとえ、発見できなかったとしても、大丈夫です。神様は「ご自身を知ることができる心」をあなたにお与えになられました。期待しましょう。

今日のお花は、デンファレ、トルコキキョウ、チェリーセイジです。