私は、夜昼、祈りの中であなたのことを絶えず思い起こしては、先祖以来きよい良心をもって仕えている神に感謝しています。私は、あなたの涙を覚えているので、あなたに会って、喜びに満たされたいと願っています。私はあなたの純粋な信仰を思い起こしています。そのような信仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています。(3~5節)
思い起こすことで生み出される感謝
処刑の差し迫る中で、テモテをエペソから呼び出そうとして記されたテモテへの手紙第二。エペソ教会の見守りの中で、パウロからテモテへのメッセージが始まっていきます。当時の一般的な書簡の書き方にならって、パウロは差出人と受取人を示して挨拶を送ると、つづいて、感謝を述べることにします。三節から始まる感謝の言葉は、五節まで、ギリシャ語では一文でつながっています。
この感謝の言葉から四つのことを学ぶことができます。
第一に、パウロの感謝は、神に向かっているということです。手紙ですから、相手がいるのです。自然に書くなら、「私はあなたに感謝しています、エペソ教会の大変な仕事を引き受けてくれて」と筆が進みそうですが、そうはなっていません。
第二に、パウロの感謝は、人の働きをベースにしていません。テモテが立派な働きをしていることを神に感謝しているのではないのです。テモテという人の存在そのものが感謝されています。もう少し正確に言えば、信仰者として生きているテモテ、その存在が感謝されているのです。パウロはこのとき、今まで同労者だと思っていた人たちが次々に働きから離れていくのを目にしていました。それゆえ、テモテが純粋な信仰にとどまっているということが、実は目に見えない神の豊かな働きのゆえであることを感じていたのでしょう。私たちの信仰も、日々、神に支えられてある、ということを覚えたい。そこに感謝の土台があるのです。
第三に、パウロの感謝は、教会における人間関係のモデルになっているということです。この手紙は、公開された個人書簡ですから、クリスチャン同士、互いのことを神様に対して感謝し合うこと、それが暗に示されている、そのことを読み取らなくてはいけません。パウロとテモテは麗しい関係だったのだな、で終わることなく、自分も、教会の兄弟姉妹とこういう関係を結ぼうと導かれることが大切です。
第四に、パウロは祈りの中で、思い起こすことを大切にしていたということです。この短い箇所の中で、思い起こすことに関連する言葉が三回重ねられています。パウロは今、これから、ということを述べる前に、しっかりと過去を思い返すのです。過去に行われた神のわざをたどっていくなら、感謝があふれてきます。それだけではなく、現在そして未来への方向指示器になるからです。
思い起こすことではっきりする使命
パウロは、自分自身のルーツが、きよい良心をもって神に仕えた先祖たちにあることをわきまえていました。この部分は、偽教師に対する主張として、意図的に記されています。偽教師の主張は、ユダヤ人たちが先祖から受け継いだ信仰とは相いれないものだからです。その一方で、テモテのルーツは祖母ロイス、母ユニケにあることを思い出しています。当然、テモテはこのことを良く知っていましたが、今、ここで思い起こさせることで、大切なことを示そうとしていました。それは信仰のバトンタッチです。パウロは自分の信仰が自分から始まったとは思っていません。彼は彼の父祖たちから受け継ぎ、走って来たのです。そして、もうすぐその信仰のレースを終えようとしている。一方のテモテは、自分の出て来たところを忘れかけている。それゆえ、彼は自分のすべきことがあいまいになっていたのでしょう。信仰がバトンのように、誰かから私のところに手渡された。それならば、すべきことはただ一つ。私もまたこの信仰のバトンを誰かに渡すということです。
ここでも、テモテは引き合いに出されているに過ぎないかもしれません。テモテをモデルにして、教会が、私たちこそが、自分の霊的な信仰のルーツを思い起こすこと、これを忘れず、そして次に手渡すべく走ることを心に刻みたいと思います。
© Masayuki Hara 2017
