2章-2 歩く福音書(ユウアンゲリスト)

 

多くの証人の前で私から聞いたことを、他の人にも教える力のある忠実な人たちにゆだねなさい。(二節)

口伝で始まった福音

今回の箇所は、新約聖書が出来上がるまでに、どのようなプロセスを通ったのかということを知ることのできる箇所です。新約聖書、特に福音書はイエス様が天に昇られてから、三十年ほど経ってから書き記されることになります。今読んでいるテモテへの手紙第二が書かれた当時、マルコの福音書(最初に書かれたと考えられている福音書)が出来上がっていたかどうか、というところです。ごく大雑把に言って、教会には旧約聖書しかない、そういう時代が三十年ほどあったということです。新約聖書二七巻が出揃って、各教会に流通するようになるには、その後さらに百年~二百年ほど必要になるのです。

その間、教会はどのようにしてイエス様の話、福音を聞いたのでしょうか。それは口伝いで、口頭で語られ、記憶から記憶へと受け継がれていったのです。記憶と口頭での語りと聞くと、現代の私たちは心配になるかもしれません。それでは記憶があやふやになって最初の話と少しずつ変わってしまうのではないか。三十年もたってから書かれた福音書を信じて大丈夫なのか、そう思うかもしれません。けれども、記憶より書かれた物の方が信頼できるという考えは、現代の感覚であって、古代はむしろ反対でした。文字を書くための素材が限られていた時代です。古代の人たちの暗記能力は今とは比べ物にならないほどでした。一つ例を挙げれば、ユダヤ人の教師ラビは、旧約聖書のすべてを暗唱できました。ラビではなくて、一般のユダヤ人でも、モーセ五書を暗唱することができました。しかもそれを一言一句漏らさず反復するトレーニングを積んでいたのです。

パウロもテモテも、ラビ級のトレーニングを受けていました。この二人は旧約聖書に精通していたのです。その二人にとって、イエス様の物語を記憶して、語り伝えることは可能なことでした。教会は、このような技術を持っている人を「ユウアンゲリスト」として任命しました。日本語で「伝道者」と訳されている働きの名前です。福音のことをギリシャ語で「ユウアンゲリオン」と言いますから、「ユウアンゲリスト」というのは「福音告知者」というのが直訳です。かれらは、イエス様の物語の公式に認められた語り部として奉仕をしたのです。つまり、福音書がなかった時代、福音書の内容を自由自在に語ることのできる語り部が教会に存在し、歩く福音書としてイエス様の物語は語られていたのです。

福音伝承の成立と継承

今回の箇所は、「多くの証人たちの前で」と訳されている部分は、「多くの証人たちを通して」と訳すべきだと多くの学者が指摘しています。イエス様の物語は、イエス様と共に寝起きし、足元に座ってメッセージを聞いた、証人たちから語り始められました。実際にイエス様にさわり、目撃した証人です。そして復活のイエス様にも出会った証人たちです。かれらがイエス様のメッセージや出来事を教会の礼拝で語り、公式なイエス様の物語が出来上がっていきます。パウロは、救われて後、教会の中で復活のイエス様と直接出会ったこういった生き証人たちから、イエス様の物語を伝授してもらったのです。そして、今度は、それをテモテに細大漏らさず伝授しました。パウロの頭の中にあるイエス様の物語と、テモテの頭の中にあるイエス様の物語はひとつでした。そして、パウロがここでテモテに命令しているのは、エペソ教会の中で、信頼できる人を選んで、そのイエス様の物語を伝授せよ、ということです。そうする理由は、テモテがエペソを離れるためです。正しいイエス様の物語がなければ、教会はまがい物のイエス様物語を識別できず、おかしな教えに流されてしまいます。パウロとテモテが不在の間に、教会がおかしなことになった一つの理由はこれでした。テモテが去った後も、教会がしっかりと立つためには、教会の中で福音を語ることができる人物を育てる必要があったのです。

福音を語り継ぐ使命

この御言葉から、私たちが学ぶべきことは、第一に、福音書をよく読んで、暗記するくらい覚えることは大切だということです。

第二に、教会が力強く前進するには、一人ひとりの信仰者が御言葉をしっかり理解し、自分のものにし、次の世代に語ることのできるようにすることが鍵だということです。学びのための学び、自分のところで終わりになる学びではなく、語り継ぐための学びをしてほしいと願うのです。

© Masayuki Hara 2017