祭司エホヤダの信仰

さて、エホヤダは老年を迎え、長寿を全うして死んだ。彼は死んだとき、百三十歳であった。人々は彼をダビデの町に王たちといっしょに葬った。彼がイスラエルにあって、神とその宮とに対して良いことを行なったからである。
II歴代誌24:15-16

ユダの王たちの歴史が続けて記されています。ユダの国では神様に従う良い王が治めた時には、平和な時を過ごすことができました。しかし神様に従わない王が治めた時には、とても悲惨な時を過ごしています。歴代誌には王が死んだ時、その王に対して民がどんな印象を抱いていたかが記されています。21:20にはヨラムという王に対しての民の印象が書かれています。「彼(ヨラム)は人々に愛されることなく世を去った。人々は彼をダビデの町に葬ったが、王たちの墓には納めなかった。」と記されています。ヨラム王の治世はどのようなものであったのかを語る印象深い言葉です。人々はヨラムが神様に立てられた王であることを認めてダビデの町に葬りました。しかしヨラム自身が神様に背いていたこと、結果的に国が大変であったことなどから、他の王たちと並べて葬ることは避けたのです。

続く22章では、ユダの国はさらに混乱しました。ヨラムの子であるアハズヤが王となりましたが、アハズヤの治世にはユダの国はもはや、神様の国と呼べないくらいに人の策略で入り乱れ、混乱しています。神様は、ダビデの子孫がユダの王となると約束されていましたが、アハズヤの死後は、アハズヤの母アタルヤが一族を皆殺しにして女王となりました。

このままユダの国はどうなってしまうのかという時にも、神様は働いてくださっています。祭司エホヤダは、アタルヤの手からアハズヤ王の子ヨアシュをかくまいます。そして時を見て、エホヤダはレビ人たちに準備をさせ、ヨアシュをユダの王としました。祭司エホヤダが行ったことは、神様にあってのことでした。エホヤダは23:3で神様がダビデの子孫が代々王となるように決めたことを語っています。そして神様の律法に記されている通りに、レビ人たち、祭司たちの働きを修復しました。またヨアシュが王となってからは24章で、主の宮、神殿の修復を行っています。献金箱を設置し、神殿の修復のための献金を募りました。現在でいえば、指定献金、会堂積立のようなものでしょうか。エホヤダは王では無かったので政治的な事、大きな国の改革を行ったわけではありませんでした。しかし人々の心、王の心、ひいてはユダの国全体をもう一度、神様に立ち返らせる努力をした人でした。結果的にユダの国の人々は信仰を回復しました。

エホヤダは特に大きなことをしたわけではありません。ただ祭司であったので、神様から与えられた祭司としての務めをしっかりと心に留めて全うした人でした。エホヤダの人生は大変祝され、130歳まで生きたとあります。そしてエホヤダへの祝福はユダの国全体にも及んでいます。エホヤダの存命中は、ユダの国は平和でした。人々がエホヤダを愛し、特別に思っていたことが24:15-16にあります。人々はエホヤダを王たちと一緒に埋葬しました。王ではない人が王と一緒に埋葬されるのは異例のことです。ユダの王たちがそれぞれ信仰が揺らいでいる中で、エホヤダの人生はただ信仰を守り通したがゆえに、特別な人生となったのです。私たちも自分の果たすべき分を、信仰を持って、神様からのものとして受け止めていきたいと思います。

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主の力を求める

アサはその神、主に叫び求めて言った。「主よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。私たちの神、主よ。私たちを助けてください。私たちはあなたに拠り頼み、御名によってこの大軍に当たります。主よ。あなたは私たちの神です。人間にすぎない者に、あなたに並ぶようなことはできないようにしてください。」
II歴代誌14:11

ソロモンの治世が終わり、南ユダ王国の歴代の王たちの記録が連なっています。ユダの王アサは初めは、14:2に「主がよいと見られること、御目にかなうことを行い」とあるように、神様に聞き従う王でした。14-15章にはアサが行った数々の良いことが記されています。それまでユダに浸透していた異教の文化を取り除き、国を挙げて真の神様のみを求めるようにしました。15:16では、彼は、自分の母親が持ち込んだ像をも破壊しています。自分を産み育ててくれた親を非難することは難しいことです。アサは、母親との関係も、神様との関係の中において正しく置くことができた人でした。

そんなアサが、外国であるクシュとの戦争になった時の様子が14:9-15に記されています。この時、アサは主に叫び祈りました。14:11の言葉はアサの祈りの言葉です。この言葉からアサが神様をどのように見ていたかが分かります。アサは神様を万軍の主、人間の王とは比べ物にならない力強い神と見ていました。人間には、人それぞれ得意なものが与えられています。体力自慢、力自慢もいます。しかしそのような人の能力比べは、神様の前にはどんぐりの背比べ程度でしかありません。どんぐり同士では背の差があるように見えても、神様の目からはほぼ同じに見えてしまいます。ですから戦争の時にも、神様の力が存分に発揮されるのに、人間の力の差は関係ありません。アサの軍勢は、外国の軍に対して大きな差をつけられていましたが、神様はアサの軍勢を助け、アサは大勝利を得ることができました。所詮人間にすぎない外国の軍勢は神様には対抗できないのです。

神様はこのように、時に圧倒的な神様の力を見せてくださいます。人々が神様により頼む時、あわれみ深い神様は助けてくださいます。しかし人間は、神様の恵み、神様の力を忘れやすいのも事実です。アサも16章に入ると神様を忘れて、人間の力に頼るようになってしまいます。ユダ王国の歴史は、神様を求めたり、神様から離れたりの繰り返しです。アサの生涯はその象徴とも言えるかもしれません。

少し先取りになりますが、神様から離れてしまったアサに対して、神様はこのクシュとの戦争の時のことを思い返すように語っています。アサはクシュが大軍勢で攻めてきた時には神様に頼りましたが、イスラエルがユダに少し抵抗した時には、神様ではなく、他の国であるアラムの王に頼ったのです。私たちは自分の手に負えないようなことの時には、神様に頼ろうと思うかもしれません。しかし私たちの手に負えそうな事態の時には、案外神様に頼らないで自分でなんとかしようとするものです。アサは人生の最後に病気になった時も、神様に頼らず、医者に頼ったという事が書かれています。しかし神様はいつでも、どんな時でも頼ってもらいたいと思っています。医者にかかるのが悪いことだというのではありません。神様に頼りつつ、医者にかかるのが良いと思います。神様に医者を通して働いてくださるように、祈り求めるべきです。神様と人間とを比べて、この時は神様、この時は人間の力で何とかしようというのではなく、常に神様に頼り、そして私たち人間も最善を尽くしていくことが求められているのではないでしょうか。

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神が力を持って堅く建てる

それから、彼はこれらの柱を本堂の前に、一つを右側に、もう一つを左側に立てた。右側の柱にヤキンという名をつけ、左側の柱にボアズという名をつけた。
II歴代誌3:17

II歴代誌に入り、ソロモンの神殿建設が始まりました。ソロモンの神殿建設については、列王記にも記述があります。歴代誌と列王記を比べると、列王記では建物についての細かい記述が多く見られますが、歴代誌は建物についてはあっさりと書かれています。その代わり、列王記では記述があまりなかった、神殿で働く人々、レビ人たちの記述が歴代誌には多く見られました。歴代誌では、礼拝を捧げる人により注目しているのかもしれません。

ソロモンが建設した神殿の玄関には象徴的な2本の柱が立っています。ヤキンとボアズです。神殿の入り口は東を向いていますので、神殿の内側から見て右側つまり南側がヤキン、左側つまり北側がボアズとなります。一見すると歴代誌、列王記で大きさが違います。II歴代誌3:15では、35キュビトとなっていますが、I列王記7:15、19では18+4=22キュビトとなっています。実際はどのような大きさであったのか分かりませんが、神殿の前に立った人にとってとても巨大な柱であったことは間違いありません。

ヤキンとボアズの名前の意味については、いろいろな説があります。ボアズという名前は、ルツ記にも同じ名前の人が出てくるので多少馴染みがあるかもしれません。ボアズという名前の意味は注解書などを見ますと「力」という意味だそうです。ヤキンについては注解書によって意見が様々で、「わきまえる」という意味の言葉が元になっていると見る人もいれば、「堅く建てる」という意味の言葉が元になっていると見る人もいるようです。いずれにしても、ソロモンはこの神殿は神様が神様の力を持って堅く保たれる神殿だという意味を込めたように思います。人の力ではなく、神様の力によって神殿、ひいてはイスラエルの国が堅く建てられていることをあらわそうとしてのかもしれません。この2本の柱は神殿の玄関にありました。神殿の内部はレビ人しか入れません。礼拝に来た一般の人々はこの玄関を見て神様に礼拝をします。この2本の柱は礼拝に来たイスラエルの人々の記憶に色濃く残ったことと思います。大きな2本の柱と神殿を見て、神殿は、イスラエルの国は人の力ではなく、神様の力によって堅く保たれているのだということを実感したことでしょう。

詩篇127:1に「主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。」とあります。またルカ6:46-49でイエス様は、岩の上に家を建てた人と、砂の上に家を建てた人の譬えを話しています。イエス様は神様に信頼し、神様の言葉どおり行う人を岩の上に家を建てた人と表現しました。その家はどんな嵐にも耐えることができます。ダビデとソロモンは神様の言葉に聞き従う事ができるお方でした。神様こそすべてを堅く保つことができるお方だと信じていたのです。この信仰こそがイスラエルの国を堅く建てます。礼拝に必要な事は、柱の立派さではなく、人の心にある神様の言葉への信頼だという事でしょう。礼拝する人の心構えをこの2本の柱は物語っているのかもしれません。

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主の安息

ダビデがこう言ったからである。「イスラエルの神、主は、御民に安息を与え、とこしえまでもエルサレムに住まわれる。
I歴代誌23:25

I歴代23章はダビデが老年を迎え、ソロモンに王位を譲る時のことが記されています。ダビデは王としての最後の務めとして、やがて建設されるエルサレム神殿のために、レビ人を招集し、任命します。ソロモンが王となった時、ソロモンはエルサレムに神殿を建設します。それまでの間、イスラエルに神殿は無く、移動式の礼拝用の幕屋がありました。幕屋は出エジプトの時代からレビ人が管理してきました。レビ人は神様を礼拝するための仕事に就くように、特別に神様から召された一族でした。ソロモンがエルサレムに神殿を建設するにあたって、レビ人の役割は少し変化します。26節にあるように、もはやレビ人は幕屋を運んだり、器具を運んだりする必要は無くなります。イスラエルの民は、神様が与えて下さる安息の地カナンにやってきました。ダビデが国を平定し、イスラエルの民に安息が与えられた時、レビ人にも安息が与えられたのです。

しかしレビ人の大切な役目は変化していません。それは28節にあるように神の宮で奉仕することです。神様を礼拝する奉仕をすることは変わらず続きます。むしろ安息が与えられ、これまで以上に神様を礼拝することに集中できるようになったのかもしれません。こうしてイスラエルは神様を礼拝して生きる民として形成されていきました。イスラエルの国では、神様を礼拝するために特別な任務が与えられたレビ人がいます。彼らは他の仕事は一切しません。神様を礼拝するためだけに毎日を過ごします。そうしてイスラエルの民全体のための執り成しをします。レビ人以外のイスラエルの民がレビ人の生活を支えます。レビ人は毎日、神殿で礼拝を捧げます。神殿に来た人はいつも神様への賛美を聴くことができた事でしょう。そして神様への祈りをすることができたと思います。

エルサレムという町の名前は、「エル=神」、「サレム=平安(シャローム)」という意味です。神様の平安という意味です。イスラエルの国の真ん中、エルサレムに神様がとこしえに住んで下さり、祝福してくださるので、エルサレムは平安に包まれます。イスラエルは神様の平安を表す国となります。イスラエルはここまでたくさんの苦難の道を通って、長い年月をかけてここまで来ました。そのすべてを神様は守って下さいました。イスラエルの民は神様が安息の地、平安の地を与えてくださると信じて歩んできました。たくさん失敗もしましたが、神様はいつも赦し、憐れみを与えてくださいました。今、イスラエルの民は神様の平安の中に住むものとなりました。神様がエルサレムに住んでいてくださる限り、神様とイスラエルの民の関係が続く限り、とこしえにその平和は続きます。

今日、神様は私たちの心の内に住んでくださると聖書で仰っています。私たちの心を聖霊の宮として、エルサレム=神の平安の場所として住んでくださいます。私たちもレビ人が幕屋を運んだりする必要が無くなったように、礼拝の形にとらわれることは無くなりました。私たちと神様との関係が続く限り、神様の平安は続きます。神様への信仰をこれからも持ち、祈り続けたいと思います。

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神を礼拝する備え

イスラエルの全集団に向かって、言った。「もしも、このことが、あなたがたによく、私たちの神、主の御旨から出たことなら、イスラエル全土に残っている私たちの同胞にいっせいに使者を送ろう。彼らのうちには、放牧地のある町々の祭司やレビ人もいる。彼らを私たちのもとに集めよう。私たちの神の箱を私たちのもとに持ち帰ろう。私たちは、サウルの時代には、これを顧みなかったから
I歴代誌13:2-3

I歴代誌13章と、15章には、ダビデが神の箱=契約の箱をエルサレムに運ぼうとする様子が描かれています。しかし13章の時は、ウザの割りこみと呼ばれる出来事があり、箱をエルサレムに持ち帰ることに失敗します。この記事はIIサムエル記にも並行記事がありますが、どちらも神様のメッセージを読み解くには難しい箇所かもしれません。なぜウザは罰せられたのか、現代の私たちには直感的に分からないからです。

イスラエルが他国と戦争状態にあった時、イスラエルの民は、神の箱が戦場にあれば勝てるのではないかと勝手に解釈しました。しかし結果は散々で、戦場へ運び出された神の箱は、敵国に奪われてしまいます。神の箱はその後、敵国をうろうろした後、キルヤテ・エアリムのアビナダブの家に戻ってきて、20年以上そこに留まりました。I歴代13:3にあるように、サウル王の時代には、イスラエルの民は神の箱を顧みることはありませんでした。神の箱がどんな物であるのか、イスラエルの民は心得ていなかったと言えます。ダビデはその神の箱をエルサレムに運び込もうとしますが、ダビデ自身も神の箱について勉強不足で、失敗してしまいます。15章ではダビデは改めて神の箱を運ぶために入念に準備し、レビ人だけが担いで良いということにたどり着きます(I歴代15:2)。こうして神の箱はエルサレムに運び込まれたのでした。

歴代誌が書かれた背景は、バビロン捕囚の民がエルサレムに戻り、新しく神殿を再建し、真の神様を礼拝する民を再形成していく、そのような時代でした。かつて神殿があった時、あるいは神殿が再建されるまでの間に何があったのか書き記し、真の神を礼拝するとはどういうことかを教えようとしています。サウルが何をないがしろにしてしまい、ダビデがどう神様に立ち返り、レビ人たちがどのような役割を担っているのか描き出そうとしています。神の箱は神様の臨在を示す最も大切なものです。それをイスラエルの国の中心に据えるということは、イスラエルは真の神様を中心に据えた国であるという事です。また王であるダビデも神の箱を自由に用いて良いのではありません。神様は誰にも縛られることのないお方であり、レビ人、祭司たちがそのしもべとして、神様と民の間を取り持つ役目を担っています。

神の箱はバビロン捕囚の時に失われてしまったと言われています。その後、神の箱がどこに行ってしまったのか、誰にもわかりません。おそらくバビロン捕囚を終えて、神殿を再建した時には神殿の中心に神の箱は無かったことでしょう。しかし神殿の再建の時に、この物語を聞いた民は、神殿で礼拝するにあたり、どのような心で礼拝をすればいいのか心に響いたと思います。現代の私たちも神殿や、神の箱といった物は無い中で礼拝していますが、心構えについては考えさせられます。神様を中心に据えた真の礼拝を、これからも目指していきたいと思います。

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