梅情報

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一分咲きというのでしょうか?大分咲き始めています。

 

 

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こちらは12月頃から咲いている山茶花です。山茶花と椿の違いは花の散り方を見ると分かるのだそうで、こちらは花びらパラパラと散っているので山茶花だそうです。寒椿か山茶花かと言われると、どちらか分かりません。

神様は私の心を知っておられる

しかし主はサムエルに仰せられた。「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」
Iサムエル16:7

Iサムエル15章には、イスラエル初代の王サウルが失敗し退けられる決定的な場面が記されています。そして続く16章には神様が新しい王ダビデを選ぶ物語が記されています。実際にダビデが王となるまでにはまだしばらくの時間がりますが、神様の霊はすでにサウルから離れダビデに移っていることが16章に記されています。

サウルもダビデも、神様がイスラエルの王として選ばれました。そのどちらにも共通しているのは、神様は容姿や能力によって判断したのではないという事です。サウルは次第に神様から心が離れてしまうのですが、選ばれた時には誠実でわきまえを知っていた男性でした。エッサイは自分の息子たちの中に神様が選ばれた子どもがいると知って、長男から順にサムエルに紹介します。サムエルが抱いた長男エリアブの第一印象は「確かに、主の前に油そそがれる者だ」という好印象でしたが、神様はエリアブを選んではいませんでした。神様は「人はうわべを見るが、主は心を見る。」と仰っています。神様はダビデの心を見たうえで、ダビデを選ばれました。

詩篇にはダビデの詩篇と言われる物が多く収められています。詩篇139篇は、神様が私たちの心をすべて知っておられるお方であることを賛美している詩篇です。139:1-2にはこのようにあります。「主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます。」神様は私たちの心を探り極めておられるお方です。神様の前では私たちは隠し事はできません。神様の偉大さを感じるとともに、とても恐ろしいことのように思えます。実際、Iサムエル15章でサウルは、サムエルに対して自分の失敗を取り繕うとしますが、神様に心のすべてを見抜かれています。サムエルは言い訳をしようとするサウルに対して「やめなさい。」と一喝しているのです。私たちは悪いことをしてしまうと、それを隠そうとする誘惑にかられますが、神様は全てをご存知です。

神様が私たちの心を知っておられる恐ろしさを覚える反面、私たちに慰めも与えてくださいます。私たちの心に抱く言葉にならないようなうめきや苦しみ、悩みも神様は理解してくださいます。私たちは悩み事があると友達に相談したりしますが、友達に自分の気持ちを100%伝えることは困難です。また必ずしも理解してもらえるとも限りませんし、逆に友達に大きな負担を背負わせてしまう事にもならないかと考えてしまったりもします。しかし神様は言葉によらず。聖霊によって私たちの心を100%理解してくださいます。誤解されることは決してありません。また私たちの悩みを聞いて負担が増し加わって世界を治めることができなくなるということもありません。そうなったら大変ですが。私たちは遠慮なく神様に相談することができます。詩篇139篇の最後はそのように神様が私たちの心を知って下さっている安心と共に、「どうぞ私の心を知って下さい」と自ら明け渡している内容になっています。「神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください。」私たちも私たちの心を見てくださるお方を前に、罪に対しては誠実に、そして平安をもって自分の悩みを明け渡していきたいと思います。

お祈りの課題
  • 昭島教会に集っておられる兄姉、ご家族のために
  • 聖餐礼拝のために
  • 教団の各教会、代議員総会、宣教ツアーのために
  • みずほ台教会のために

だれが主を使役できよう

ベテ・シェメシュの人々は言った。「だれが、この聖なる神、主の前に立ちえよう。私たちのところから、だれのところへ上って行かれるのか。」
Iサムエル6:20

Iサムエルに入りました。サムエル記はイスラエルに王が誕生する時のお話が記されています。第一、第二と分かれていますが、第一は特にサウル王の時代について、第二はダビデ王の時代について書かれています。Iサムエルの7章までは書物の名前にもなっているサムエルについて語られています。サムエルは最後の士師とも呼ばれていて、士師として、軍事的指導者としてイスラエルを導いている様子なども記されています。この頃のイスラエルは士師記の時代の直後であり、とても混乱した時代です。まことの神様に仕え、人々を導くはずの祭司たちの堕落ぶりが描かれています。

そんな時、士師の時代と同じように、外国ペリシテがイスラエルに攻めてきます。イスラエルは形勢が不利なのを見て、戦場に神の箱、つまり契約の箱を持ち出します。神の箱は、出エジプトの時代にイスラエルの民を導いて下さった神様の命令によって作られました。神の箱は神様が臨在してくださることの象徴であり、最も聖なるものであり、礼拝の中心です。この礼拝の中心、神様の臨在が、人間の都合によってあっちこっちに持ち出されたのです。結果的にはイスラエルは戦争に負け、神の箱はペリシテに持ち去られてしまいます。4:21にあるように正に、神様の栄光はイスラエルから去りました。もはやイスラエルは神様の見守りのうちにある国ではなくなったのです。

神の箱を持ち帰ったペリシテは、神の箱の取り扱いに苦労します。神の箱が置かれる所は災いが起こったからです。神の箱は町から町へ転々とします。そして最終的にはイスラエルに返そうという結論に至ります。贈り物をつけて、そっと雌牛に引かせていって、イスラエルに返そうということになりました。人間の手によらず神の箱はまっすぐイスラエルに帰っていきました。

イスラエルに帰ってきた神の箱は正しく扱われるようになったかと言うと、そうでもないことが分かります。そもそもイスラエルの人々がまことの神様を捨てたことがすべての始まりです。イスラエルで初めに神の箱が到着したのは、ベテ・シェメシュという町でした。ベテ・シェメシュという町の名前は「太陽の町」という意味だそうです。名前の由来は、「太陽神をあがめる町」だという研究もあります。ということはまことの神様以外に他の神々も信じていたということになります。この時代に太陽神をあがめていたかどうかは分かりませんが、いずれにしても、イスラエル全体がバアルやアシュタロテなど偶像であふれていた時代です。おそらくベテ・シェメシュの人々もペリシテの人々と同じように、偶像と並べてあれも神、これも神として神の箱を取り扱ったのだと思います。

偶像崇拝、というよりも多神教には一つの傾向が見られます。それは「人が神を使役する」という精神です。人間の都合に合わせて、多くの神々から選んで神の力を使うのです。医者が薬を処方するような感覚と同じです。これは人間本位な考え方です。ある意味で神様の意志を無視したやり方となります。このような扱われ方は神でなくても、人間でも嫌だと思います。よく小さい子どもは親の都合を考えずにおねだりします。ある意味で子どもは親を自分の物として、自分の都合に合わせて使役しているのです。それが赦されるのは、親が子どもを愛しているからです。親の愛とあわれみのゆえに、子どものわがままが赦されていたのだということは、自分が親になってみて初めて分かるものです。神様も私たちの親です。神様は、私たちの都合で使役されることを断固拒否されます。「だれが、この聖なる神、主の前に立ちえよう。」です。神様は神様の意志を持っておられ、神様が恵もうと思うものを恵まれます。もし神様が私たちのわがままを聞いて下さったと感じるなら、それは神様の愛とあわれみによるのです。神様はそのような愛とあわれみを持ったお方ですが、私たちも犯してはならない一線があります。神様を神様として尊敬の念を持ちつつ、親子のような神様との親しいお交わりをさせていただきたいと思います。

お祈りの課題
  • 昭島教会に集っておられる兄姉、ご家族のために
  • 次聖日の神学生支援デーのために
  • FMTW、聖書塾、代議員総会、タイ・チェンマイ宣教ツアーのために
  • 川越教会のために

春が近づいてる?

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立春を過ぎまして、暦の上では春になりました。
まだまだ寒い気もしますが、教会の庭の梅の花が咲き始めています。
確実に春は近づいていますね。

写真のピントが奥の壁に行ってしまってますね。。
どうぞ実物を見に来てください。

 

苦難に耐え分かち合うテサロニケ教会

兄弟たち。あなたがたのことについて、私たちはいつも神に感謝しなければなりません。そうするのが当然なのです。なぜならあなたがたの信仰が目に見えて成長し、あなたがたすべての間で、ひとりひとりに相互の愛が増し加わっているからです。それゆえ私たちは、神の諸教会の間で、あなたがたがすべての迫害と患難とに耐えながらその従順と信仰とを保っていることを、誇りとしています。
IIテサロニケ1:3-4

先週から聖書通読はテサロニケ人への手紙に入っています。テサロニケ人への手紙は、パウロが2回目の伝道旅行中に書いた手紙と考えられています。パウロは2回目の伝道旅行中にテサロニケを訪れ、そこで福音を伝えました。パウロの話を聞いた何人かの人がイエス様を受け入れてクリスチャンの集まりができ始めましたが、迫害が起こりパウロはわずか3週間ほどでテサロニケを去ることになりました(使徒17:1-10)。パウロはこのテサロニケの人々の事をずっと気にかけていました。そこでこの伝道旅行中、おそらくコリントに滞在している時(使徒18:1-11)にこの手紙を執筆したと考えられています。パウロがコリントにいた期間は1年半と書かれていますので、じっくりと腰を据えてコリント教会やテサロニケ教会のことを気にかけることができたのでしょう。

パウロがテサロニケ教会を去った後も、テサロニケの人々は堅く信仰に立ち続けていました。その事はパウロをとても喜ばせ、励ましていたことと思います。先ほど読んだ1:3にもパウロがテサロニケ教会の人々について神様に感謝している姿が記されています。

パウロはテサロニケ教会の人々にキリストの再臨のことについて手紙で書いて教えています。キリストの再臨とは、文字通りイエス様が再びこの地上に来られることですが、その時私たちは天にあげられ、神様の許で永遠に過ごすようになると聖書は教えています。なんとなく再臨と言うと、裁きの時、黙示録にあるような暗い時代の方が連想されてしますが、本当は希望の時です。もはや涙も憂いもない神様のご支配の中に私たちが入れられるからです。パウロは自分が迫害に会い、テサロニケ教会の人々から離されていることについて手紙で触れています。それはサタンの妨害によるのだと言っています。今の時代はそのような妨害、苦しみが起こるが、やがて来る再臨の時にはそれらは栄光へと変わるのだとテサロニケの人々を励ましています。だからこの辛い時代にも苦難に耐え、これからも信仰を守り通すように励ましています。

テサロニケの人々はパウロにとってはわずか3週間の伝道期間でしたが、その後、テモテや他のお弟子さんたちにも励まされ、良く信仰を守り通していたようです。1:3のパウロの言葉の中に「あなたがたの信仰が目に見えて成長し、あなたがたすべての間で、ひとりひとりに相互の愛が増し加わっているからです。」とあります。テサロニケの人々はいつも神様を求めて生活していたのでしょう。だから神様に養われ、愛をはぐくまれてきました。テサロニケの人々に注がれた神様の愛は、人々の間からあふれていました。テサロニケの人々はいつも感謝をもってお互いに助け合い、支え合っていたことです。その噂はパウロがいたコリントの教会にも届きましたし、他の教会にも届いているという事をパウロは1:4で書いています。

私たちも今日は南大沢と昭島のみなさんで一緒に祈祷会を持てていますことを感謝します。特に昭島教会からすれば、この度の改築のために南大沢チャペルからも多くの捧げものを頂きました。そして会堂をきれいにすることができました。このことを共に喜び分かちあいができるのは、クリスチャンの特権だと思います。パウロがテサロニケの教会と体は離れていましたが喜びを分かち合ったように、私たちも分かち合いたいと思います。またこれから祈りの時を持ちますが、お互いの教会のために祈り合い、励まし合うことができたらと思います。それぞれの教会、兄弟姉妹の課題があると思いますが、同じキリストにある希望をもって祈っていきたいと思います。

お祈りの課題
  • 昭島教会に集っておられる方々、ご家族のために
  • 2/12神学生支援デー、2/19教団代議員総会のために
  • 南大沢チャペルのために