12/28 エペソ1:22-23「満ち溢れる恵みと祝福」

導入

今日は今年最後の礼拝です。皆さんはこの一年を振り返り、どのようなことを思い浮かべられるでしょうか。一年の歩みの中には、良いことばかりでなく、痛み、悲しみ、苦しみ、悩み、病など試練もたくさんあったことと思いますし、教会の中にも悲しみや、祈り支え合わなければならないこともありました。しかし苦難の中にあっても、全てを最善に導いてくださる主を信じ従う中で、生きて働かれる主に守られて過ごせる幸いを味わわさせていただけた一年であったことと思います。

教会では今年1年エペソ人への手紙1章23節の「教会はキリストのからだであり、すべてのものをすべてのもので満たす方が満ちておられるところです」のみことばを年間聖句として掲げ歩んでまいりましたが、このみことばが、礼拝、教会学校、様々な行事や賜物を用いての奉仕などを通してよく表された一年だったと感謝しています。皆さんが協力し合い、交わりを大切にし、祈り合ったり、地域の人々を招いて共に楽しみ、神様のご愛を表すことができ、神様からの沢山の恵みを分かち合うことができたと思います。その神様の輝く栄光を現わすことができたことの喜びを、感謝と共に皆さんと分かち合いたいと思います。振り返りながらみことばを分かち合いましょう。

本題

 教会という時、目に見える地域教会と、過去、現在、未来にわたるイエス・キリストを救い主とした、真の信仰を持つ全ての信者の群れをさす、目に見えない普遍的教会があります。ここでは、主に普遍的教会について語っていますが、エペソの教会に送った手紙であり、地域教会と普遍的教会に属する私たちの、教会生活にも当てはめて受け取ることができます。

パウロは、エペソ人への手紙1章17節から19節で、主イエス・キリストの神、栄光の父が神を知るための知恵と啓示の御霊を与えてくださいますようにと祈り、心の目がはっきり見えるようになり、与えられている恵みがどのようなものか、受けつぐものが、どれほど栄光に富んだものであるか、信じる者に働く神様のすぐれたお力が、どれほど偉大なものであるかを、知ることができますようにと祈っています。この偉大な力は、今年始めの、年間聖句のメッセージでお伝えしましたように、原語では、人間の力をはるかにしのぐ、メガトンの語源となったmegethosという偉大な、極めて、あるいは比類なき力を知ることができますようにという祈りです。そして20節からこの大能の比類なき力をキリストのうちに働かせ、死者の中からよみがえらせ、天上でご自分の右の座に着かせ、すべての名の上に置かれました。そして、すべてのものをキリストの足のしたに従わせ、すべてのものの上にたつかしらとして教会に与えられましたと記しています。

 そして23節で「教会はキリストのからだであり、すべてのものをすべてのもので満たす方が満ちておられるところです。」と熱く語っています。

 イエス様を信じる人たちを迫害していたパウロがダマスコでよみがえられたイエス様と出会った時、そのお力に圧倒されて、自分がひたすら神様のために、クリスチャンたちを迫害していたつもりが、実は神の子であるイエス様を迫害していたこと、神様に背いていたことが分かったのです。そこにおられたのは、父なる神様がメガトン級のお力によって、よみがえらされ、天の御座に帰られたイエス様であり、それは神様のご臨在でした。

 この大きな衝撃の力がパウロを異邦人をイエス様を信じて救われるように導く使徒へと変え、何ものにも負けることのない伝道者へと、聖霊が力強く導いていきました。それが使徒の働きで生き生きと描かれています。ダマスコでのイエス様との出会いのときパウロは、「すべてのものをすべてのもので満たす方」と出会い、その豊かな恵みをここで伝えています。神様は私たちを愛しておられ、また私たちに今この世でも、また永遠に平安といのちを与えるのに十分な力をお持ちです。イエス・キリストがこの世に来られたお力と御業がこれを証明しています。

 パウロはコロサイ人への手紙1章16節から20節で「父は、すべての満ち満ちたものが、この方の中に宿ることを喜ばれた。また、十字架の血によって平和を成し遂げ、この方によって、地にあるもの、天にあるもの、すべてを御自身と和解させようとなさったのである」と述べています。そして「キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性格が形をとって宿っています。」と表現し、その「満ち満ちたご性格」は、聖霊の導きによるものであり、みことばとお知恵により、栄光をあらわすものであり、あらゆる神様の豊かさと恵みがイエス様の中に現わされていると語っています。その恵みは、罪深くて受けるに値しない私たちが救われたことの神様からの御愛と祝福です。私たちは信仰によってイエス様と結び合わされ、一体とされ、真の平安を体験できます。イエス様は真の信仰者の人生にめぐみと平安があふれるようにしてくださいます。そしてキリストのからだである教会はキリストを信じることによって、聖霊に満たされ、あらゆる賜物にも満たされ、神様の恵みと、真理、神様のいのちが満ち溢れています。

 そして「私たちはみな、神の御子キリストに対する信仰と知識において一つとなり、一人の成熟した大人となって、キリストに似たものへと成長させられていき、キリストの満ち満ちた身丈にまで達するのです。」と教会の進むべき、また私たちの進むべき方向を教えてくれています。父なる神様は、「ご自分の満ち満ちたあらゆる豊かさをすべて御子のうちに宿らせ」それをキリストのからだである教会に与えてくださいました。私たちはみ言葉によって豊かに養われ、知恵に満たされ、イエス様に似たものとして成長して行きます。そして私たちの中に住まわれる聖霊が導いてくださり、あらゆる力を与えて満たしてくださって、神様の栄光を表すものとしてくださいます。キリストのからだである私たちは神様のお力とご愛と栄光を一つとなって味わい、分かち合わせていただきます。頭であるイエス様に導かれ、他に比べようもない大きなお力をイエス様から頂きます。

 イエス様には、あらゆる知恵、義、聖め、贖い、すなわち神の豊かさのすべてが宿っていますので、キリストの存在の完全な豊かさが、信じる私たちに与えられています。そのように私たちは神様の満ち満ちた豊かさをいただき、「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」という豊かな御霊の実を結び、教会は神様のすべての恵みで満ち溢れているのです。

 このようにして、イエス様は聖霊と恵みと賜物という特別な方法によって、キリストのからだである教会を満たしてくださるのです。神様のご性質が満ち溢れてキリストに宿り、その満ち溢れた中から教会は絶えまなくそのご性質が注がれているのです。

 キリストのからだである教会は頭であるイエス様が共にいてくださり豊かに満たされます。すべての頭としてキリストは全世界を満たし主権者として支配されます。キリストが世界を支配しておられるのは信仰者たちのためであり、信じる人々は神様の力を頂きます。

 神様はこの地に平和をもたらす力をお持ちであり、御子イエス・キリストの御姿をもって再び地上に来られ平和をもたらされます。イエス様が再臨される時、栄光に満ちたイエス様がご臨在される新天新地がこの地上にもたらされます。それはまた,イエス様を信じる神の子たちをキリストの栄光のかたちに似た者に造り変えるという,すでに御霊によって始められている働きが完成する時でもあります。

結論

 「教会はキリストのからだであり、すべてのものをすべてのもので満たす方キリストが満ちておられるところです。」というパウロの言葉は、なんと素晴らしく教会の豊かさと、周りの人々にそれを溢れるように注いでいく教会の働きを表した言葉でしょうか。神様の召し、お招きに従い、このイエス様の満ち溢れた恵みを、みことばを通して、また聖霊の爆発的なお力を頂いて、世の中の人々に伝えてまいりましょう。

 このようにして、イエス・キリストは、世界に対する神の永遠の計画を実現するために、世界全体と人類の歴史の中で働いています。教会は、地上で神様の御心を実現するための神様の道具なのです。

 神様は教会とその信仰者たちを用いて、世界に対する永遠の計画を実現させる力をお持ちです。教会こそが、神様が人類の歴史を完成へと成し遂げるために地上に用いるキリストのからだなのです!

  「教会はキリストのからだであり、すべてのものをすべてのもので満たす方キリストが満ちておられるところです」から、これからも、救われた私たちが、イエス様からいただいたあらゆる賜物を生かして、溢れるゆたかな恵みを世の中の人々と分かち合いつつ、イエス様のご愛を表し、救いの完成へと向かって、力強く歩んでまいりましょう。

About the author: 東御キリスト教会

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