8/9Ⅰヨハネ4:1-6「神から出た者です」

前回の箇所では、心安らかでいられる神の子どもとしての恵みについて語られました。私たちが神様にとどまるとき、神様も私たちのうちにとどまり、私たちのうちに平安を与えてくださいます。私たちは神様の愛と憐れみ深さを根拠とし、心から信頼をするときに、私たちの心はもはや誰にも責められることなく、安心して、確信して歩むことが出来ると教えられました。

これまでの流れで、私たちは神の子どもとしての特権や特性について見てまいりました。そしてその中で、御子イエス・キリストの名を信じることについても見てきました。では、この中で本当にイエス様を信じるということはどういうことなのかが疑問として表れます。当時は偽教師が教会の中で信徒たちを惑わし、教会に少なくない影響を与えていました。偽りの教師に対して、ヨハネが語る信仰者のあり方は、真理の霊を中心に神の子どもとしての特性でした。私たちが信じる御霊なる神様について、そして私たち自身が神様との結びつきをどのように保つのか、共に見ていきましょう。

本論

手紙の3章において、私たちは互いに愛し合う時に、自分たちが死から命に移ることを教えられました。4章では愛する者たちと親しく呼びかけていますが、この呼びかけがされる時は重要な問題が取り扱われる時もあります。その問題が、霊をすべて信じてはいけないという戒めです。このようにはっきりとやめるようにヨハネが語られたことから、当時の教会の中ではすでに偽教師に引かれている者たちがおり、彼らを真理の霊に導こうとしていることが分かります。1節の吟味しなさいという言葉は、原文のギリシャ語では、テストをして結果を判定するという意味を持ちます。ここでのテストというのは、教えの内容が正しいかどうかでなく、偽教師たちの背後にある霊がどのような霊なのかを見分けるということです。

なぜこのようなテストが必要なのか。それは世に偽の預言者がたくさん出て来たからだと語ります。彼らは本物のようにふるまい、誤った教えによって人々を真理から遠ざけようとします。真の預言者は、真の霊によって語りますが、偽りの預言者は偽りの霊によって語ります。そのために、私たちが見分ける判断の基準として真理の御霊によって語っているかどうかをテストする必要があります。

その具体的な基準はイエス様です。

1John 4:2  神からの霊は、このようにして分かります。人となって来られたイエス・キリストを告白する霊はみな、神からのものです。

ヨハネ自身はイエス様を見て、共に過ごした証人としてこの手紙を書き記していますが、この時代からすでにイエス様を神と認めない偽りの教えが教会の中で起こっていました。イエス様は救い主キリストであり、神の子であり、そして人となって来られたお方であることを教えているかどうかが問われています。2節での「来られた」という言葉は、原文のギリシャ語では完了形という形になっています。これは、ただ単にイエス様が地上に来られた歴史的な事実を語っているだけでなく、人となって来られた者としてのイエス様の地位も表しています。神として、人として、このような一見矛盾している地位こそがイエス様を表すものなのです。イエス様は神であり、人である、このような告白は、世における人々の通常の考えの中では生まれてきません。しかしこのイエス様の性質こそが、キリスト教の核となる真理です。そしてそれは、神様からの導き、つまり神からの霊である聖霊の務めによって信仰へと導かれていき、キリストを証しすることになるのです。

このイエス様の信仰の告白をしない霊から語る預言者は偽りとなります。そしてその者たちは今すでに世に来ていると警告がなされています。しかし彼らが来て、私たちを惑わそうとしても恐れる必要はありません。

1John 4:4  子どもたち。あなたがたは神から出た者であり、彼らに勝ちました。あなたがたのうちにおられる方は、この世にいる者よりも偉大だからです。

「子どもたち。あなたがたは」が冒頭に登場していることから、かなり強調しながら私たちに呼びかけ、対比していることが分かります。ヨハネは私たちに二つの事実をもって恐れる必要のない理由を語ります。

まず一つは神から出た者という事実、そしてもう一つは彼らに勝ったという事実です。勝ったという言葉も原文のギリシャ語では完了形になっており、決定的な体験とその結果が今も継続していることを表しています。今も続いて偽りの教えに対して勝ち続けていると言えるのは、私たちのうちにおられる聖霊なる神様が、世の何者よりも偉大だからです。私たち自身の力で打ち勝つのではなく、私たちの内に住んでおられる聖霊ご自身がすでに世にあって勝利なされた神であられ、私たちとともにいてくださるという確信が私たちの励ましとなります。今も多数の偽りの教えと偽りの霊が広がり続ける世において、私たちはただこのお方によって、闇に打ち勝つ光であられる聖霊なる神様によって私たちの信仰は揺るがされることがないのです。

神様が打ち勝った対象となる彼らというのは、世に属している者です。それに対して神様にとどまる信仰者たちは神から出た者ですと再び対比がなされています。

1John 4:5  彼らはこの世の者です。ですから、世のことを話し、世も彼らの言うことを聞きます。

1John 4:6  私たちは神から出た者です。神を知っている者は私たちの言うことを聞き、神から出ていない者は私たちの言うことを聞きません。それによって私たちは、真理の霊と偽りの霊を見分けます。

彼らの視点は神様でなく世に向けられています。神様から離れ、神様と敵対するこの世から話した言葉は、神様から出る真理からは自ずと離れていきます。私たちはそのような世において、神から出た者という立場にあります。闇が光を好まず、交わることがないように、真理の霊と偽りの霊ははっきりと分けられ、私たちは見分ける必要があるのです。見分けるという言葉は直訳すると「知ります、わかります」という言葉になります。

John 10:4  羊たちをみな外に出すと、牧者はその先頭に立って行き、羊たちはついて行きます。彼の声を知っているからです。

John 10:5  しかし、ほかの人には決してついて行かず、逃げて行きます。ほかの人たちの声は知らないからです。」

イエス様がこの世に来られ、光が世に広がりました。イエス様から使徒へ、そしてそこからクリスチャンが続いて行きながら福音の真理を知り、神から出た者が今の時代においても世に生きています。真理の御霊は、神から出て、キリストに関する真理を信じる者たちに明らかにします。それゆえに、御霊が宿り、御霊に満たされた者は、神様からの真理を知り、神から出た者として見分けることが出来ます。

多種多様な情報が溢れ、たくさんの教えがひろがるこの世において、私たちはどこに確信を持つべきかが分からなくなることがあります。私たちの信仰の源となり、私たちの生きる道しるべとなるのは、イエス・キリストであり、私たちのうちに住んでおられる真理の御霊がそのように導き、励ましてくださいます。世の何者にも勝る神様が私たちのうちに住んでおられ、私たちに勝利を与えてくださるのです。そこに確信を抱く時、私たちはもはや惑わされることなく、一つの真理を歩み続けることができるのです。唯一なる真理の御霊なる神様に今心を開き、信頼し、信仰の歩みを確かに踏みしめながら進んで行きましょう。

About the author: 東御キリスト教会

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