説教全文

2020年8月2日(日) 聖霊降臨後第九主日

聖書箇所 説教全文

説教全文

「それを、ここに持ってきなさい」

マタイの福音書 14章13-21節

牧師 若林 學

 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とがあなた方の上にありますように。アーメン。

 本日の説教はマタイの福音書14章13節から21節まで。説教題は「それを、ここに持ってきなさい」です。
 今、日本は今、新型コロナ・ウィルス感染症の第一波にもまして、第二波の大きな波に飲み込まれようとしております。第一波による全国の感染者数の最大値は4月12日の743人でしたが、昨日8月1日の感染者数は既に1536人で、約2倍の人が感染していることが分かります。礼拝開始時の挨拶で述べた東京医師会会長の尾崎医師の預言の通り、「このまま政府が何も対策を打たなければ、日本はコロナ・ウィルスの火だるまになる」ことは、誰の目にも明らかです。県をまたいでの移動が自由となれば、コロナ・ウィルスも県をまたいで移動して来ます。第一波の時は静かだった新潟県も、今やひたひたとコロナ・ウィルスの足音を身近に感じるようになってきました。
 この感染症については、かかっても、「大したことはない。」と言われる研究者がいる一方で、実際に治療にあたっておられる医師の方は、「後遺症が残るので、かかってはいけない感染症である。」と言っておられます。8割の方は軽傷で済むそうですが、2割の方は重傷者となり、重傷者の5%は重篤化するそうです。また8割の軽症の方でも肺や心臓の筋肉に炎症を起こし、ダメージを与えていると言われています。私は、コロナ・ウィルスではありませんが、幼い頃信濃川で水遊びをした結果なのでしょう、溶連菌に感染し、心臓の左心房と左心室の間にある僧帽弁が変形してしまい、弁が完全に閉じず、血液が逆流する後遺症を負いました。その結果、水泳、マラソン、バトミントン、等々の激しいスポーツ全てが、ご法度となり、寂しい少年時代を余儀なくされました。死に至る病に襲われる人も大勢おられることを考えれば、私の病気はまだ軽い方ですが、後遺症が残ると、これまでの生活に比べ、様々な制限が生じますので、このコロナ・ウィルス感染症も、かからない方が良いことは誰の目からも明らかです。

 今から約2千年前のイエス様の時代には、この様なコロナ・ウィルス感染症は無かった、と思われますが、多くの人が様々な病気に苦しんでいたことは、今と変わりありません。その病気に苦しむ人々が、「イエス様なら、どんなに重い病気でも癒すことができ、それも直ちに癒してくださり、さらに治療代も取らない」という話を聞くなら、どんな病人だって、イエス様が近くにいらっしゃった、と言う話を聞いて、そこに自分の足で、あるいは人に手を引かれて、あるいは人に支えられて、あるいは人におんぶされて、あるいは重症の人は、四人がかりで戸板に乗せられて、集まって来るのは当然です。
 一方、イエス様はと言うと、御自分に洗礼を授けて、救い主の任務に就任させた、洗礼者ヨハネが、領主ヘロデ・アンティパスによって殺害されたという報告を、洗礼者ヨハネの弟子達から受け取って、非常に重い気分に見舞われていました。洗礼者ヨハネが悲惨な死を遂げたことに、心を痛めておられたのです。それで、父なる神様に祈るために、人里離れた静かな場所へ、行こうとしておられました。その場所はルカの福音書9章10節を見ますと、ベッサイダと言う町であることが分かります。現在おられる所はどこなのかはっきりしません。多分本拠地としているカペナウムと思われます。もしカペナウムとしますと、そこからベッサイダの町に行くには、陸上を歩いていくこともできます。距離はおよそ8㎞、歩いて1時間半の距離です。しかし、陸上を歩いて行くと、いつまでも病気の癒しを願う群衆が付きまとってくるので、なかなかベッサイダに行き着くことができません。それでイエス様は、舟で行くことにしたのでしょう。
 しかし病を癒していただきたい群集は必死です。イエス様の舟が見えるのでその後を追いました。ご自分を追ってくる大勢の群衆を見られたイエス様は、彼らが羊飼いの居ない羊のように、傷つき、弱り果てている姿を見て、憐れみで心が一杯になり、まず彼らの病を全て癒されました。不治の病を癒された群集は、感謝に溢れて、イエス様から離れられなくなりました。イエス様が神様である、と信じたからです。その群衆の心の内を見られたイエス様は、彼らに天の御国のお話をされ、多くのことを教えられました。(マルコ6章34節、ルカ9章11節)

 ところで一体全体、群衆の数は何人だったのでしょうか。本日のテキストであるマタイの福音書14章21節を見ますと、「男5千人ほど」と書いてあります。男の人だけが病人であったとは考えにくいことです。多分女性の病人もいたことでしょうし、子供の病人もいたことでしょう。ですから2倍にしても1万人、3倍にするなら1万五5千人となります。大変な数です。これだけの人々を癒すには1時間や2時間では終わりません。多分午前中からイエス様の癒しが始まったことでしょう。その癒しは、お昼を過ぎても終わりませんでした。その癒しの後、きっとイエス様のお話が長く続いたことでしょう。群集が吸い込まれるように、イエス様のお話に聞き入っていたからです。病人たちは自分の体に起こった奇蹟を見て、癒し主イエス様のお言葉を、一つも聞き漏らすまいと、静かに耳を傾けていたのです。
 しかし、余りにもイエス様のお話が長く続くので、気をもんだのは、イエス様のお話を聞きなれている弟子達でした。「このままだと、この大群衆が、夕食を入手する時間が無くなってしまう!」と、心配したのです。と言うのは、15節には「夕方になったので」と書いてあるからです。ここで言う「夕方」とは何時頃のことを指すのでしょうか。並行記事のルカの福音書9章12節を見ますと、「日が傾き始めたので」と書いてあります。日没を6時としますと、日が傾くのは午後3時ごろではないでしょうか。しかしマタイの福音書14章15節の弟子たちの言葉を見ますと、夕方の5時ぐらいを想像させます。弟子達はイエス様に言いました。「ここは人里離れたところですし、時刻ももう遅くなっています。村に行って自分たちで食べ物を買うことができるように、群衆を解散させてください。」
 そうしたらイエス様が言われました。16節です。「彼らが行く必要はありません。あなたがたがあの人たちに食べる物をあげなさい。」このイエス様の言葉に弟子たちはびっくりです。どうしたら自分たちが、与えることができるのか、全くもって思いつかなかったからです。最低でも5千人の人々に、それも人里離れたこの場所で、一体どうしたら自分たちが食事を与えることができるのかと、弟子たちは謎に包まれました。
 目をぱちくりさせている弟子たちに、イエス様は言われました。マルコの福音書6章38節です。聖書のあちこちひっくり返させて、お手数をお掛けいたします。「パンはいくつありますか。行って見て来なさい。」弟子たちが手分けして調べた結果が、マタイの福音書14章17節に書いてあります。「ここには五つのパンと二匹の魚しかありません。」この「しかありません。」と言う言葉に、弟子たちが一生懸命探したことが良く分かります。ヨハネの福音書6章9節を見ますと、五つのパンと二匹の魚を持っていたのは少年であったことが分かります。さらにこのパンは、大麦パンであったと書いてあります。パンと言っても、日本人の私たちがパン屋さんで買うパンとは異なります。大麦の粉を水で練って、拳位の大きさにちぎり、それを引き延ばして薄い板状に延ばし、熱く熱した石の上で焼いたものです。イーストが入っていないので、平べったいままです。

 するとイエス様は弟子たちに言われました。18節です。「それを、ここに持って来なさい。」この御言葉はマタイの福音書にしか書いてありません。
 この御言葉から、私たちは自分たちのお金で買った物にしろ、また贈り物として入手した物にしろ、全てイエス様の許に持っていくことが求められている、と考えるべきではないでしょうか。イエス様がそれを用いてくださり、30倍、60倍、あるいは100倍にしてくださらないとも限らないからです。私たちの手元に置いたままでは1でしかありませんが、イエス様の許に持っていくなら、それを何倍にも増やして用いてくださるのです。これは私たちの信仰が試されていることを教えています。このことで思い出すのは、昔の日本人の信仰です。どこの家でも大抵神棚が有り、初給料にせよ、季節の初物にせよ、まず神棚に供えて、感謝しておりました。その昔の人々が全て真の神様を信じていたわけではありませんが、私たちクリスチャンは、どなたがまことの神様であるのか知っています。私たちこそ、その新たに入手した品物を、まずイエス様の許に持って行くのです。具体的にはイエス様のお名前を通して感謝の祈りを捧げるのです。
 弟子たちが五つのパンと二匹の魚をイエス様の許に持っていくと、イエス様は「群衆に草の上に座るように命じられました。」この「座るように」と翻訳されているギリシャ語を、ギリシャ語辞典で見ますと、「横たわる」、「食事の席に着く」、「食事のために横になる」と翻訳した言葉が3通り書いてあります。日本人には横に寝そべって食事をするという習慣が有りませんので、聖書を翻訳された方は、日本人に合わせて「座るように」と翻訳されたと思われます。ところがイエス様の時代のユダヤ人たちは、横たわって食事をしていました。ですからイエス様が群衆に「横たわりなさい」と命じられた時、群衆は、「あ、これから食事が始まるのだ」と知って大喜びしたことでしょう。
 それからイエス様は、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げ、ほめたたえ、パンを裂いて弟子たちに与えたので、弟子たちはそれを群衆に配りました。イエス様は五つのパンと二匹の魚を両手に持って天を見上げ、そして口に出して父なる神様を誉めたたえました。それからパンを二つに裂きました。そして私が用いている註解書には、イエス様が魚も二つに裂かれた、と書かれています。そうしたらなんとイエス様の手から五つのパンと二匹の魚が、とめどもなく溢れ出て来たのです。
 私は以前、「集まった群衆の人数分だけイエス様は裂かれ続けたのではないか」、と解釈して説教しましたが、今回どうもそうではなく、イエス様が父なる神様を誉めたたえて、五つのパンを裂いた時、群衆全体がお腹一杯となる分量のパンが、一度に溢れ出て来たのではないか、とみております。と言いますのは、原文である「ほめたたえ、」「お与えになった。」と言うギリシャ語が、一回で完了したことを表す「アオリスト」と言う過去形の動詞で書いてあるからです。「ほめたたえ続けた。」とか、「与え続けた。」と言う連続した動作を示す動詞ではありません。さらに不思議なことに、ギリシャ語原文には「弟子たちは群衆に」としか書いてありません。私たちの用いている日本語聖書「聖書 新改訳2017」には「弟子たちは群衆に配った。」と書いてありますが、原文は「弟子たちは群衆に。」だけです。19節の脚注を見ますと、「**『配った』は補足」と書いてあります。ですから、イエス様は山のようにあふれ出たパンと魚を弟子たちにどんと一回で与え、弟子たちはイエス様から一度に渡された大量のパンと魚を群集に配ったということになります。イエス様は神様ですから、その量が多かろうが少なかろうが、必要な分だけ、一回で造り出すことがおできになることは確かです。

 そのイエス様が祝福され、造り出されたパンと魚はきっととてもおいしかったことでしょう。多く食べた者も、少なく食べた者も、お腹が一杯になり、心もお腹も満たされました。「人々はみな、食べて満腹した。」と20節に書いてある通りです。20節には書いてありませんが、ヨハネの福音書6章12節を見ますと、イエス様は弟子たちにこのように言われました。「一つも無駄にならないように、余ったパン切れを集めなさい。」そうしたら、12の籠が一杯になったのです。この籠は12弟子が日常必要とする品物を入れて持ち運ぶリュックサックの様なものだったので、そんなに大きいものではありませんでした。

 このように、イエス様が、弟子たちに「それを、ここに持って来なさい。」と命じておられるのは、祝福して増やし、私たちをびっくりさせ、喜ばせ、終には感謝の気持ちに満たしてあげようとしておられるためであることが良く分かります。ですから私たちは、自分のお金で得た物にせよ、人からいただいた物にせよ、一度神様の前に供えて、それが与えられたことを感謝することが求められております。そうするならば、神様がそれを用いてくださり、私たちの必要に応じて、何倍にも増やしてくださいます。イエス様は私たちを祝福したいのです。物品に限らず、なんでもイエス様の所に持っていきましょう。具体的には、イエス様のお名前を通して、感謝や願いや悲しみや、苦しみや、悔しさを神様に祈ったり打ち明けたりするのです。人から受けた悪口でも、いやがらせでも、なんでもかまいません。そうすればイエス様が悪を善に変え、不足を十分に変え、悲しみを喜びに変え、不幸を幸福に変え、呪いを祝福に変えてくださいます。私達は、五つのパンと二匹の魚で、一万人以上の人々のお腹を満たされた私たちの神様、イエス様の許に全てのものを持って行き、溢れるばかりの祝福で満たしていただきましょう。

 全ての人々の考えに勝る神の平安が、あなた方の心と思いを、キリスト・イエスにあって守ってくださいますように。アーメン。


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