モーセの生涯と神の計画

出エジプト記2章1節~10節

創世記の後半から、アブラハムの子孫(イスラエルの族長)から学びました。創世記の最後はヨセフと兄弟たちの和解で終わっています。出エジプト記1章を見るとヤコブの家族がヨセフを頼ってエジプトに移住したことが記されています。その総数は七十名であったと記されています。そして、ヨセフも天に召され、ヨセフのことを知らない新しい王がエジプトに誕生しました。ヨセフの死かヨセフのことを知らない新しい王が誕生するまで、どれぐらいの年月が経ったかは、正確にはわかりませんが、約300年後と考えられます。その間に、イスラエルの民の人口はエジプトの王を恐れさせるほどに膨れ上がりました。そこで、エジプトの王は苦役でへブル人(イスラエル人)を苦しめました。それでも人口の増加は止まりません。そこでエジプトの王は、へブル人の男の子が生まれたらナイル川に投げて殺さなければならないと、厳しい命令を出しました。そのような迫害の時代にモーセは誕生したのです。

モーセの両親は何とか、モーセの命を助けようと、隠れて彼を育てますが、それも限界となり、仕方なく、モーセをかごに入れて、ナイル川の岸辺に置くことを決心しました。誰かに拾われて育てられることを願ってのことです。モーセの姉ミリアムはモーセのことが心配でかごを見張っていました。するとエジプトの王の娘がナイル川に水浴びに来て、モーセのかごを見つけて、その子を自分の子として育てることを決心したのです。エジプトの王がへブル人の男の子を殺すように命じたのに、その娘がモーセの命を救ったのです。しかも、ミリアムは、王の娘の前に立ち、この子のために乳母を連れてきますと言い、モーセの母を連れてきました。モーセは正式にへブル人の家庭で育てられ、大きくなってからは、エジプトの王宮で、エジプトの王の娘の子として大事に育てられたのです。

モーセが40歳になった時、モーセは自分がへブル人であることを知っていました。そして、その同じへブル人がエジプト人に苦しめられているのを見て、心の中で苦しんでいました。ある時、モーセはエジプト人がへブル人を打つのを見て、彼を助けるためにエジプト人を殺してしまいました。そして、モーセはエジプトの王にそのことがばれるのを恐れ、荒野に身を隠したのです。それから、40年モーセは羊飼いとして生活しました。この羊飼いとしての40年の生活は詳しく聖書に記されていません。しかし、後に男性だけで60万人というへブル人を連れて荒野で40年生活するためには、この羊飼いとしての40年の経験は不可欠な出来事だったのです。

モーセが80歳になった時、神は燃える芝の中からモーセに声を掛けました。出エジプト記3章4節「主は、彼が横切って見に来るのをご覧になった。神は(燃える)柴の茂みの中から彼に『モーセ、モーセ』と呼びかけられた。」とあります。また、「彼は『はい、ここにおります』と答えた。」とあります。神はモーセに言われました。7節~10節「主は言われた。『わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみを確かに見た。追い立てる者たちの前での彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを確かに知っている。わたしが下って来たのは、エジプトの手から彼らを救い出し、その地から、広く良い地、乳と蜜の流れる地に、カナン人、ヒッタイト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人のいる場所に、彼らを導き上るためである。今、見よ、イスラエルの子らの叫びはわたしに届いた。わたしはまた、エジプト人が彼らを虐げている有様を見た。今、行け。わたしは、あなたをファラオのもとに遣わす。わたしの民、イスラエルの子らをエジプトから導き出せ。』」モーセはどう思ったでしょう。40年前ならまだしも、80歳の年老いた羊飼いに何が出来るのかと思ったことでしょう。11節「モーセは神に言った。『私は、いったい何者なのでしょう。ファラオのもとに行き、イスラエルの子らをエジプトから導き出さなければならないとは。』」エジプトの国は大国です。自分のような年老いた羊飼いの言うことなど誰が聞くだろうかとの思いがありました。モーセは自分の弱さを神に訴えました。4章10節「モーセは主に言った。『ああ、わが主よ、私はことばの人ではありません。以前からそうでしたし、あなたがしもべに語られてからもそうです。私は口が重く、舌が重いのです。』」弱音を吐くモーセに、神はモーセの兄アロンを遣わすと約束してくださいました。モーセは最終的に神に従う決心をしてエジプトに向かったのです。この個所から、神が私たちに求めるのは、私たちの力や知識ではないことがわかります。神が私たちに求められるのは、神のことば(命令)に従う信仰です。必要な能力は神が備えてくださることがわかります。

この後、モーセはエジプトの王とイスラエルの民をエジプトから助け出すように交渉しますが、エジプトの王はモーセのことばに耳を傾けません。そこで、モーセはエジプトに10の災害を与えました。その10番目の災害がエジプトにいる初子を殺すという神の裁きでした。神はイスラエルの民にこの災害から助けられる方法を教え、それが過越しの祭りとなりました。エジプトの王の子も亡くなり、エジプトの王は失意の中で、へブル人がエジプトを出る許可しました。そして、イスラエルの民男性だけで60万人がモーセに従ってエジプトを旅立ったのです。しかし、エジプトの王は再び、軍隊を出してイスラエルの民を追いかけました。神は彼らを助けるために紅海を二つに分けて、イスラエルの民は紅海の乾いた地を進んで行きましたが、エジプトの軍隊は波に飲み込まれて全滅しました。

この後、イスラエルの民は40年間荒野で暮らすことになります。イスラエルの民は水が無い、食べ物が無いとモーセに不平を言いました。モーセはそのたびに、神に助けを祈り求めました。神はモーセの祈りに応え、マナという不思議な食べ物を40年与え続けました。また、神はモーセの祈りに応え岩から水を溢れ出させました。モーセにとって、この荒野の40年は苦難の連続でした。しかし、神はモーセと共におられ、彼を助けました。そして、モーセが120歳の時、イスラエルの民は神の約束の地カナンの地の近くまで来ることが出来ました。しかし、神はモーセにその地を見ることは出来るが入ることは出来ないと言われました。モーセは、カナンの地の前で葬られ神の許に昇って行かれたのです。人間的に見るなら、なぜ、神は約束の地カナンの地にモーセを入らせなかったのかと思いますが、私たちのゴールはこの地上ではなく、天の御国です。そのことを考えるならば、モーセは確かにカナンの地に入ることは出来ませんでしたが、もっと素晴らしい天の御国に招かれたことを考えると、それこそが、モーセにとって幸いな最期ではなかったかと思います。モーセの人生を振り返って、モーセの人生は彼の願った人生ではありませんでした。考えてみると彼の人生は大変な120年の人生でした。しかし、彼の苦難の人生は、神が共におられたという意味では、幸いな人生ではなったかと思います。私たちも偶然に生まれた者ではなく、神の計画で命が与えられました。一人一人の人生は違いますが、神と出会った人生は、苦しみの中でも神の憐れみの中にある人生です。どんな人生であっても、神が共におられることを知って歩む人生は、どんな経済的な豊かさよりも豊かな人生です。一人一人その事を覚えて最後まで神と共に歩みたいと思います。