サムエル記第一2章22節~26節
先週は、ハンナの祈りとサムエルの誕生について学びました。サムエルが誕生する時代、イスラエルの国では、さばきつかさとして祭司エリが神に仕えていました。しかし、彼の子どもたちは祭司でありながら神に仕えず、淫らな行いをしていました。そのようなこともあり、イスラエルの国では祭司エリの影響力も弱く、人々は自分勝手な行いをしていました。そのような状況で、神は新しく神に仕える祭司(預言者)を必要とされました。ハンナの祈りは神の御心に叶い、ハンナは身ごもりサムエルを出産しました。そして、ハンナは約束通り、神に仕える者として幼子サムエルを祭司エリに預けたのです。
1、少年サムエルと祭司エリの最後
3章は有名な個所で、少年サムエルがはじめて神のことばを受け取る大事な個所です。3章1節「さて、少年サムエルはエリのもとで主に仕えていた。そのころ、主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった。」とあります。祭司エリは、目がかすんで見えなくなっていたとありますが、神のことばを聞く力も衰えていたのではないでしょうか。神はご自分の声を聞く者を求めておられました。少年サムエルは幼くしてその役割を担うことになったのです。4節5節「主はサムエルを呼ばれた。彼は、『はい、ここにおります』と言って、エリのところに走って行き『はい、ここにおります。お呼びになりましたので』と言った。エリは『呼んでいない。帰って、寝なさい』と言った。それでサムエルは戻って寝た。」とあります。サムエルはまだ神の声を聞いた事が無く、祭司エリに呼ばれたと思ったのです。そして、三度同じことがあり、祭司エリは主がサムエルを呼んでいることを悟り、彼に言いました。9節「主がおまえを呼ばれたら、『主よ、お話しください。しもべは聞いております』と言いなさい」サムエルはエリのことばに従い神の声に耳を傾けました。そして、サムエルに告げられた神のことばは、祭司エリの家の神の裁きのことばでした。19節「サムエルは成長した。主は彼とともにおられ、彼のことばを一つも地に落とすことはなかった。」
とあります。それは彼が語ることばがその通りになったという意味です。20節「全イスラエルは、ダンからベエル・シェバに至るまで、サムエルが主の預言者として堅く立てられたことを知った。」とあります。
サムエルのことばが全イスラエルに行き渡ったころ、一つの事件が起こりました。イスラエルの民がペリシテ人と戦った時、イスラエルの民はペリシテ人に打ち負かされ、約四千人が戦死しました。そこで、イスラエルの長老たちは自分たちが打ち負かされた原因を話し合いました。4章3節「兵が陣営に戻って来たとき、イスラエルの長老たちは言った。『どうして主は、今日、ペリシテ人の前でわれわれを打たれたのだろう。シロから主の契約の箱をわれわれのところに持って来よう。そうすれば、その箱がわれわれの間に来て、われわれを敵の手から救うだろう。』」彼らは、契約の箱さえあれば、神が働いてペリシテ人を打ち負かしてくれると信じたのです。契約の箱は神の臨在を表す象徴でしかありません。イスラエルの民は契約の箱と神を混同し、神の箱が偶像となっていたのです。イスラエルの民はシロから契約の箱を運び込みペリシテ人と戦いましたが、ペリシテ人に打ち負かされ、契約の箱は
は奪われてしまいました。また、祭司エリの二人の息子も戦死しました。祭司エリは契約の箱を奪われたことを知ると、彼は椅子からあおむけに倒れ首の骨を折って死んでしまいました。その後、神はご自分の力によってペリシテの地から契約の箱を取り戻したのです。
2、晩年のサムエルの苦しみ(8章1節~22節)
8章1節~3節「サムエルは、年老いたとき、息子たちをイスラエルのさばきつかさとして任命した。長男の名はヨエル、次男はアビヤであった。彼らはベエル・シェバでさばきつかさをしていた。しかし、この息子たちは父の道に歩まず、利得を追い求め、賄賂を受け取り、さばきを曲げていた。」とあります。サムエルは幼い時から祭司エリの子どもたちのことを見て来たのに、サムエル自身の子どもたちも不正を行うものなっていました。なぜ、そのようになってしまったのでしょうか。子どもを育てることの難しさを覚えます。そこでイスラエルの長老たちはサムエルに王を立ててくださいと求めました。6節を見ると「そのことばは、サムエルの目に悪しきことであった」とあります。サムエルは、もし王を立てるなら、王が神のことばに従わない時、国が亡びることが分かっていました。そこでサムエルは主に祈ったとあります。7節~9節「主はサムエルに言われた。『民があなたに言うことは何であれ、それを聞き入れよ。なぜなら彼らは、あなたを拒んだのではなく、わたしが王として彼らを治めることを拒んだのだから。わたしが彼らをエジプトから連れ上った日から今日に至るまで、彼らのしたことといえば、わたしを捨てて、ほかの神々に仕えることだった。そのように彼らは、あなたにもしているのだ。今、彼らの声を聞き入れよ。ただし、彼らに自分たちを治める王の権利をはっきりと宣言せよ。』」と言われました。神は王を立てることがご自分を退けることであり、大きな罪であることを知りながら、サムエルに民の声に従うように言われました。そして、イスラエルの民に王が治める権利についてもはっきり宣言するように命じたのです。19節20節「しかし民は拒んで、サムエルの言うことを聞こうとはしなかった。そして言った。『いや。どうしても、私たちの上に王が必要です。そうすれば私たちもまた、ほかのすべての国民のようになり、王がわたしたちをさばき、私たちの先に立って出陣し、私たちの戦いを戦ってくれるでしょう。』」と言いました。サムエルが民のことばを神に伝えると、神は彼らの言うことを聞き、彼らのために王を立てるように言われました。
神は彼らのことばを聞いて悲しまれました。それは、王を立てることが、イスラエルの国を守っている神を退けることだったからです。サムエルもそのことが分かっているために民を説得しようとしましたが、イスラエルの民はそれを拒みました。彼らは周りの国々を見て彼らのような強い国になることを望んだのです。神もサムエルも王を立てることが国を亡ぼすことになることを知りながら、イスラエルの民の頑なな心のゆえに、王を立てることを認めたのです。そして最初に王として選ばれたのがサウルでした。サムエルは晩年になってイスラエルの民が王を求めたことに心が苦しかったでしょう。それは、国のために一生懸命自分が働いたことを否定されたからです。しかし、それでもサムエルは神のことばに従い王を任命したのです。
人は年を取り最期を迎えます。祭司エリの死は、契約の箱を奪われたショックのあまりあおむけに倒れ首の骨を折るという悲惨な最期でした。サムエルの最後については聖書には記録されていません。想像ですが、サムエルはイスラエルのことを心配しながらも、静かな最期を迎えたのではないでしょうか。死は神様が備えて下さるものです。願わくば、サムエルのように神に御守られて静かな最期を迎えたいものです。