2018年10月7日 主日礼拝メッセージ

「私の平安を与える」 ヨハネの福音書 14章27節  金田洋介牧師

ある医師の調査によると人が思い煩うことの半分近くが、まだ起こっていないことに対する恐れや心配が原因だそうです。いかに私たちが心配しやすい者であるかが分かります。テキストは、最後の晩餐の席でイエスが弟子たちに語られた言葉です。弟子たちは「イエスがいなくなるのでは」という不安と恐れで心が騒いでいました。しかし、イエスは言われました。「わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません」と。 では、イエスが与える平安とは何なのでしょうか。二つの言葉に注目しましょう。

一つ目は、イエスが残された平安。それは御言葉です。イエスと弟子たちの間には、常に御言葉がありました。彼らはイエスの御言葉の力を目の当たりにしてきたのです。今日、イエスの御言葉は聖書を通して私たちに与えられています。イエスの御言葉は真実であり、愛と力に満ちています。あなたがイエスの御言葉を信じるなら、弟子たちと同じように御言葉の力と平安とに満たされるのです。

二つ目は、神がイエスを通して与えてくださる平安です。イエスはその平安を「世が与えるのと同じようには与えません」と言われました。世が与える平安は、私たちの努力と犠牲を必要とします。しかし、どんなに多くの努力と犠牲を払っても、得られた平安は生きている間の限定的なものです。しかし、イエスを通して与えられる神の平安は、私たちの努力や犠牲を一切必要とせず、無条件、無資格で誰にでも与えられる平安。すなわち、罪の赦しと永遠の命による平安です。

神はイエスを通して、私たちにはどうすることもできない罪と死の問題を解決し、平安を与えてくださいました。さらに、神はご自身の全能の力をもって、私たちの日常に起こるあらゆる種類の不安や恐れをも解決してくださいます。あなたは今、何に心を悩まし、恐れを抱いていますか?主イエスによってもたらされた素晴らしい平安に与ろうではありませんか。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。
今週のお花は、アップルユーカリ、ゆり、りんどうです!

礼拝の後、ほぼ毎週愛さん会(美味しく、楽しいランチタイム)があります。
今週のメニューは、炊き込みご飯、ウインナー、かきたま豆腐汁、みかんです。お土産の愛媛銘菓もありました。

H家の、のんちゃん。トイプードルの男の子、6月生まれの元気いっぱいの5歳です。家族を癒してくれる人気者です。お兄ちゃん(18歳、人間)のお勉強のことをお祈りして、いってらっしゃいしています。💓🐶🏡

先日、コスモスとススキを見に、阿蘇に行ってきました。
さわやかな秋の一日でした。
「ハレルヤ。わがたましいよ、主をほめたたえよ。」(詩篇146:1)