2021年2月21日 主日礼拝メッセージ

「ほつれを繕うように」Ⅱ列王記 4章38~44節,6章1~7節  金田洋介牧師

本日の箇所には3つの出来事が書かれています。この出来事を通して、主が私たちの日常生活の中におられることを覚えたいのです。

1つ目の出来事:エリシャは学びにやって来た預言者の仲間たちのために、食事を用意するよう僕に命じます。僕が野に出て行くと、野生のつる草に瓜がなっているのを見つけ、収穫し、調理して鍋に入れました。ところが、その瓜は毒性の瓜だったのです。これでは食べたくても食べられません。そこでエリシャは麦粉を用意させて、それを鍋に入れました。すると不思議なことに毒は消え、食べられるようになったのです。

2つ目の出来事:ある人が、初穂の大麦のパンと、初穂の穀物、つまり一番良いパンと穀物をエリシャのところに持って来ました。するとエリシャは、ここでも預言者たちに振る舞うよう僕に命じます。しかし、「100人もの人が食べるには、全然足りません」と答える僕。すると、エリシャは主の言葉を告げます。「彼らは食べて残すだろう」と。エリシャの言う通りにパンと穀物を配ると、100人もの預言者たちは、お腹いっぱい食べることができました。

3つ目の出来事:ある時、エリシャたちが住む家が狭くなったので、移動して新しく家を建てることになりました。ところが、木を切っていた一人が借り物の斧の頭を、川に落としてしまったのです。「おお主よ、あれは借り物です!」と叫びます。エリシャは木の枝を一本投げ入れました。すると浮かぶはずのない斧の頭が浮かんで来たのです。無事に斧の頭を拾い上げ、事なきを得ました。

不思議な出来事ばかりですが、これらは彼らの日常の中に起こった奇跡。つまり、あなたの日常生活(緊急事態も)に、神が介入して下さることを示しています。神ご自身が、私たちの無知や足らなさを補い、フォローして下さるのです。それはまるで、ほつれを繕うかのように。そして、もう一つ注目すべきことは、全ては無駄に終わらなかったということ。一生懸命労して作った食事。精一杯のささげ物。皆の為にした労働。全ての思いと行動を、神は拾い上げて下さるのです。このお方に日々守られている事を信じ、感謝し、信頼して歩んで参りましょう。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。
今週のお花は、ブプレリューム、ユリ、カーネーション、アルストロメリアです。