■マーティン・ルーサー・キング著/蓮見博昭訳
■新教出版社
■B6版・280ページ
1964年のノーベル平和賞受賞者、キング牧師の説教集です。マーティン・ルーサー・キングJr.は、アメリカバブテスト派の牧師でした。アメリカの著名な牧師というと、どうもパフォーマンス的に派手で説教というより講演みたいになってしまっている印象があるんですが(偏見?)、キング牧師の説教は、意外にも(と言ったら失礼ですが)実直で正統派な内容です。有名な「私には夢がある」の講演は入っていませんけど。
キング牧師は、言うまでもなくアメリカにおける黒人差別解放に大きな働きをした人です。タイトル通りの「汝の敵を愛せよ」という説教も収録されていますが、むしろこの本のタイトルは、彼の説教全体を通してのテーマという事でつけられたのでしょう。事実、キング牧師が差別と戦う時の大原則が「汝の敵を愛せよ」でした。
ただ、説教とは言っても聖書の説き明かしという面は薄く、「聖句に題材をとった道徳の話」という面が強いのは否定できません。どの説教も、結局は差別解放という結論になっている感がなきにしもあらずです。これは、キングが牧師になった理由、また当時のアメリカの状況や彼が牧会していた教会(恐らく、黒人の教会だったのでしょう)を事情を勘案すれば、無理のないところでしょう。彼は、当時の黒人牧師が現世ではなく神の国にばかり重点を置いた説教をするのに、不満だったそうですから。
だからと言って、キング牧師は現世的な事にのみ目を向けろとは言っていません。あくまで、この世に対する戦い(彼の場合はそれが差別解放だった訳です)は、召された者としての務めであると考えていたのだと思います。そういう目で読み、また当時の状況を頭におけば、キング牧師の説教がどれほど会衆を力づけ、霊的に養ったかが想像され、間違いなく彼は神の言葉を取り次いでいたのだと思えるのです。
キング牧師は大変な名文家で、どの説教も非常に力強く、読み応えがあります。中でも傑作は「アメリカのキリスト教徒へのパウロの手紙」(P237)と題された説教で、これはパウロ書簡をもじったものです。と言っても、文体はまんまキング節ですけど、キング牧師なりのユーモアが感じられて興味深く読めます。また、よきサマリア人の話(P36「良き隣人であること」)で出て来る「エリコ道路協会」のくだりは笑えます。こういうアメリカンジョークをさらりと混ぜる辺りが、アメリカ人のユーモアですね。エリコ道路協会の話は講演でも取り上げたそうですから、キング牧師としてもお気に入りのジョークだったのかも知れません。
また、キング牧師は常に生命の危険に脅かされていた人でしたが、そんな彼が神にあって平安を得た話は、誠に感動的です(P189「我らの神の能力」)。この説教1つだけでも、この本を買う価値があると思います。キング牧師の真似をしようとしたって、そんな事が簡単にできるはずもありませんが、私たちが見習うべきは、このキング牧師の一言に込められた彼の信仰だと思います。
なぜ不安がるのか。何でも来るなら来い。神は有能な方なのだ。