聖書箇所:マタイの福音書1章1-6節

説教題:『主イエス・キリストの系図(1)』

マタイの福音書は、旧約の預言を重んじるユダヤ人に向け、イエス・キリストこそ旧約の成就であり、ダビデ王家の子孫として約束された救い主であることを示しています。その冒頭に記された系図は、アブラハムからイエスまでを「14代×3」に区分することで、記憶しやすく、また特別な意味を持たせています。

実際には、アブラハムからダビデまでは約1000年あるため、14代というのは世代数としては少なく、省略があることが分かります。マタイは、正確な血統書というより、神の計画と約束の流れを示すために、意図的に名前を選び、まとめたのです。

注目すべきは、通常記されない女性たちの名が含まれている点です。特に、異邦人であり、しかも遊女であったラハブ、そしてモアブ人のルツです。彼女たちは信仰によって義とされ、イスラエルの民に加えられ、最終的に救い主イエスの系図に加えられました。この事実は、イエスがユダヤ人だけでなく、異邦人にとっても救い主であることを力強く語っています。

当時のユダヤ社会では、系図は土地の相続や奉仕の資格に関わる重要な記録でした。ですから系図に女性の名前を入れること自体が異例であり、それが異邦人であるならなおさらです。にもかかわらず、マタイが彼女たちの名を記したのは、信仰によって神の家族とされる恵みの広がりを示すためです。

「あなたがたの神、主は、上は天において、下は地において、神であられるからです。」

ヨシュア記2:11

「お母様が行かれるところに私も行き、住まれるところに私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。」

ルツ記1:16

マタイがこの福音書をギリシア語で書いたのも、異邦人への福音の普遍性を伝えるためでしょう。イエス様は旧約の成就であり、すべての人の救い主なのです。


【適用】

このマタイの系図から、私たちは重要な真理を学ぶことができます。それは「神の恵みは過去の背景や民族、立場に関係なく、すべての人に注がれている」ということです。

私たちはときに、自分の過去や弱さ、不完全さを理由に「自分は神に用いられない」と思ってしまうことがあります。しかし、遊女や異邦人であったラハブやルツが、信仰によって神に受け入れられ、神の計画に加えられていったように、神は人の過去や評価ではなく、今の信仰と心を見ておられるのです。

(また、私たちも他者を見るとき、外見や背景ではなく、「神がその人をどう見ておられるか」を基準にすることが大切です。教会の交わりにおいても、誰一人として排除されるべき人はいません。むしろ、あらゆる人が神の家族として迎え入れられる場所であるべきです。)

私たちも、自分が神の恵みによって救われ、選ばれた存在であることに感謝しつつ、他の人にも同じ恵みを伝える者となりましょう。神は、あなたの人生をも、救いの物語の一部として用いようとしておられます。