「兄弟か姉妹に着る物がなく、毎日の食べ物にも事欠いているようなときに、あなたがたのうちのだれかが、その人たちに、『安心して行きなさい。温まりなさい。満腹になるまで食べなさい』と言っても、からだに必要な物を与えなければ、何の役に立つでしょう。同じように、信仰も行いが伴わないなら、それだけでは死んだものです。」

ヤコブの手紙 2章15〜17節

映画館で『盤上の向日葵』という映画を見てきました。賭け将棋でギリギリの生活を送る東明(渡辺謙)と、虐待やネグレクトの中で育った上条(坂口健太郎)が出会い、そして一つの殺人事件に至るまでを描いた、ヒューマンミステリーの作品です。ただ私が興味深いなと思ったのは、この事件そのものよりも、二人に共通する幼少期の複雑な家庭環境と、そこから生じる精神的な悩み、彼らに周りの人々(大人たち)がどのように関わり、助けていくことが出来るのかというテーマです。『愛着障害』についての本を読んだ後だったので、なおさら、この背後にあるテーマに惹かれました。教会は、社会や家庭から見捨てられている子どもたちや、この苦しみを大人になっても抱え続ける人々と、どのように関わり、彼らを天の父なる神様のもとに導くことができるでしょうか。祈りつつ、考えてみましょう。