「実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。」

エペソ人への手紙2章10節

サルトルは「実存は本質に先立つ」という言葉を残しました。ここで言う『本質』は「~であること」と言って良いでしょう。よくたとえで用いられるのは「ハサミは切るための道具である」ということです。ハサミという道具に関して言えば、この本質が先にあって、その後に作られる(存在する)ということになります。しかし、サルトルはこれが人間には当てはまらないと言いました。「人間の実存は本質に先立つ」、すなわち「人間は先に真白な状態で存在し、自由と責任を持っている。自らの存在価値・本質は、この自由と責任の中で、後から自分で作りだしていくものだ」ということです。しかし、これは私たちとは違う意見です。というのも、聖書はこれと反対のことを教えているからです。「神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。(エペソ2:10)」私たちは『神の作品』として造られたのです。