「罪はあなたを恋い慕うが、あなたはそれを治めなければならない。」

創世記 4:7

ドーナツの穴は、それだけを取り出してどこかにポンと置くことはできません。それはドーナツの生地が「ない」状態を指しているのであり、「ない」というものが実体として「ある」わけではないのです。ある神学者は、神が善いものとして造られたこの世界に、なぜ悪があるのかということを説明する際に、「悪」が実体として存在するのではなく、「善の欠如(privatio boni)」という状態を「悪」と呼んでいるのだと説明しました。「ドーナツの穴」という実体が存在するのではなく、生地のない部分を穴と呼ぶように、善が欠落した部分を悪と呼んだわけです。彼によれば、悪はドーナツの穴なのです。しかし、そうは言っても実感として罪は存在します。私たちには本来のあるべきところがあり、そこから離れてしまうことが罪であると考えるなら、それは確かに「あるべき姿の喪失」ですが、しかし、そこには明確に神への反逆が存在しています。