説教題:「拒絶された救い主」
聖書箇所:マタイの福音書8章28−34節
1. 予期せぬ場所での出会い
マタイの福音書8章28〜34節には、嵐を静めたイエス様一行がガダラ人の地に降り立った時の出来事が記されています。そこは異文化が広がる馴染みのない土地であり、彼らを待っていたのは墓場に住む凶暴な悪霊憑きの二人でした。弟子たちが思わず身構える中、悪霊たちはイエス様を「神の子」と認識し、自分たちを豚の群れへ送るよう懇願します。イエス様が一言「行け」とお命じになると、悪霊が入った約2000匹の豚の群れは一斉に湖へとなだれ込み、溺死しました。
2. 奇跡の裏に潜む人間の拒絶
長年だれも手をつけられなかった二人が正気を取り戻すという素晴らしい癒しが起きたにもかかわらず、駆けつけた街の人々が示したのは、歓喜ではなく強い拒絶でした。彼らは二人の救いを共に喜ぶどころか、大切な財産である豚を失ったこと、そして自分たちの慣れ親しんだ日常や秩序が脅かされたことに強い恐怖を覚えたのです。こうして彼らは、せっかく訪れた救い主に対して「この地から立ち去ってほしい」と願うという悲劇的な選択をしてしまいました。
3. 私たちの心にある「変化への恐れ」
このガダラの人々の姿は、決して他人事ではありません。私たちもまた、自分の生活や慣れ親しんだ習慣が脅かされると感じると、それがどれほど良いものであっても拒んでしまう自己中心的な性質を持っています。しかし、自分たちの都合や保身から救い主を追い出してしまうことは、人生における何よりもの損失です。
4. 救い主を真に心に迎えるために
イエス様は、どれほど疲れ果てていても、どれほど遠く離れた異質な場所にいる人であっても、決してお見捨てにならない愛をお持ちです。御言葉が私たちの生活に大きな変化をもたらすとしても、その変化を恐れて救い主を拒むことがないようにしたいものです。すべての自然と霊を支配されるお方を心から歓迎し、その豊かな御救いを余すところなく受け取る者でありたいと願わされます。
