「弱い人たちには、弱い者になりました。弱い人たちを獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。何とかして、何人かでも救うためです。」

コリント人への手紙 第一 9章22節

先日、手話キャンプに初めて参加させて頂きました。簡単な手話の文章を教わって、ろう者(聴覚障がいの方)に話しかけてみたのですが、その際、次のようなアドバイスを頂きました。「表情が伴っていないから、本心かどうかが分からないよ」手話はただ腕と指だけ動かせば良いのではなく、表情や顔の向きなども重要な意味を持っているのだそうです。眉毛を動かし、小首をかしげ、心配そうな顔をしながら「体調はいかがですか?」と尋ねるのと、怒った顔をしながら尋ねるのとでは、全く意味が変わってしまうのだとか。『手話にとって、表情は文法と同じ』今回学んだことでした。パウロは、すべての人に福音を伝えるために、すべての人のようになりました。「何とかして、何人かでも救うためです」私も、ろう者の方々に福音を伝えるために、ただ手話を形だけ勉強するのではなく、ろう者のようになりたいと思わされました。