「私は福音を恥としません。福音は、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。」

ローマ人への手紙 1章16節

人々が福音を恥とし、「福音は論理的で人々にとって有用なのです。決して愚かなものではありません」と弁護していた時代がありました。今でもそうかもしれません。しかし、バルトは上の言葉を解き明かしながら、「(福音は)世界を克服する勝利である。それは弁護や支えを必要としない。この音ずれが、それを聞き、宣べ伝える者を弁護し、支える」と言いました。(『バルト−ローマ書講解』,河出書房新社,p38)ライオンを指して、「この動物は強いのです」と弁護する飼育員はいないでしょう。もし飼育員がライオンの力を知らしめたいなら、檻の扉をあけて、ライオンを解き放つだけで良いのです。私たちは福音を(あるいは神様のことを)弁護し、守ってあげなければいけないと存在と勘違いしていないでしょうか?福音の力を信じ、それを檻の中から解き放っていく者となりましょう。福音は恥ではなく、神の力です。