「あなたがたは、信じて祈り求めるものは何でも受けることになります。」

マタイの福音書 21:22

哲学者のキルケゴールは、著書『死に至る病』(岩波書店,斎藤信治訳)の中で、可能性に目が眩んで破滅してしまう人を、決して捕まえられない鳥を追いかけて森に迷いこんでしまう人にたとえました。一方で、可能性を全く信じず(神様にはどんなことでも可能であるということを信じず)、必然性に押しつぶされている人のことも批判しました。このような人はすべてを運命のせいにして、祈ることをしません。(「神の主権に基づく聖定/摂理」と「必然性/運命」とは違います。)また彼は、そのような人が自分の悲惨な現実に気づかずに「無精神性=自己の喪失」に陥っていると非難しました。「諦めて必然性を受け入れることが大人になることだ。人生はなんてつまらない」という人がいたら、彼はこう反論したことでしょう。「神の助けを通じて自己を或る破滅から救い出しうるための信仰の可能性が欠けている!」(p80)と。