キリストにある成熟~エペソ4:11-16

初代教会の姿を見る時にエペソ4章にある5つの働き人の理解と連携があったことを見ることが出来ます。使徒、預言者、伝道者、牧師、教師という5つの働きの方向性はそれぞれがチームとして補い合うものとしてその特徴を見ることが出来ます。 それは5つの役職というよりも働きの方向性です。そしてそれはIテモテ、IIテモテへの手紙でパウロが「」使徒であり伝道者であり、また教師として任命された」とあるようにひとりの人に複数与えられるケースもあるものでそれはポジションというよりも賜物と言ったほうが正しいかも知れません。 これら5つの働き、神によって遣わされ切り開く先駆者的な要素、神によって示し語ること、宣教や伝道、牧すること、そして教えること、このバランスを教会として成熟させていくこと、またひとりひとりが理解していくことは真の教会として建て上げていくためにはとても重要なことです。 神の教会として御国の前進、拡大のためには私たちがキリストの弟子として成熟していき、そしてさらにつながっていくことが不可欠です。そしてそこに主の栄光が顕されます。 そこに至る前にパラダイムシフトが起る必要があります。初代教会もそうでした。自分の必要から他人の必要へそして地域の必要へ、でも一番大切なのは主の必要、主の思いに立つことです。 みことばから学び、そして聖霊様によってより成熟した者へと整えられていきましょう。 [Read more...]

主を愛するがゆえに従う~ヨハネ14:23-31

イエス・キリストに従う信仰ゆえに初代教会の弟子達は迫害に遭い、また時に殉教しました。そのような命がけの信仰の背景になにがあるでしょうか? そこにあるのはイエス様を愛する愛が土台としてあります。ヨハネ14章には弟子達に対してイエス様のことばに従うことは父なる神様の心に従うことです。そのことを弟子達にのみイエス様は語られたのです。主はそのようなことを告げられて弟子達にそこから行くように語られました。初代教会を建て上げた弟子達の土台はイエス様への愛が土台としてあるのです。 そこに真実の愛がなければそこに命をかけることは出来ません。見せかけであるならば命をかけることは出来ません。もし少数ならば狂信的な人ということも出来るでしょう。しかし歴史書が記している当時の迫害の様子はそのようなものでは押しかかることが出来ないものがあります。そしてそのような中で教会は成長していきました。そこにあるのはこの地上での命、地上での成功や繁栄や快楽という観点ではなく、永遠に続く神様との関係、天国への希望、天の父なる神様から与えられる平安などがあります。その姿を見て信仰に入る人たちが増し加えられていったのです。 自分の人生の成功ではなく、主を愛し、主を信頼し、主からの祝福を受けていくプロセスで時として手放すものもあるでしょう。弟子達を集められるプロセスで事実そのような場面に遭遇し、従った者と諦めた者がいました。主を愛するがゆえに主に従う者となっていきましょう。 [Read more...]

主の愛を知り主の愛に生かされる~Iコリント13:8-13

私たちの信仰の成熟の過程においてその時ベストだと思っていても過去を振り返るならば「今ならもっとよく出来たかも知れない」と思うこともあるでしょう。そのようなプロセスは誰しも通るところです。大切なのは今の自分の信仰のベストを尽くしていくことです。 Iコリント13章には鏡にぼんやり映るものを見ているという事が書かれています。現代の鏡ははっきり見えるので分かりにくい表現ですが昔の鏡は歪んで見えたり明瞭な状態で見ることは出来ないものでした。しかし主が訪れる時にはっきりと分かるようになるということが書かれています。時として的外れに思えたりすることを私たちはしてしまったり、結果的に反省することがあるでしょう。 しかしいつまでも残るものは信仰と希望と愛です。とあるように主に信頼することが信仰であり、主にあって希望を持つこと、諦めないこと、また主の愛によって造りかえられていくプロセスにまず自分を置いていく時に私たちは前に進むことが出来ます。主の愛は私たちの罪も失敗も覆ってあまりあるものです。 主に信頼しましょう。主は私たちに期待し、聖霊様を助け手として送ってくださいました。初代教会のはじまりは弟子達の失敗を覆ってあまりあるスタートでした。その後ももちろんいろいろな困難を通りました。でも共に主を見上げ、信頼し、諦めなかったからこそ前進していくことが出来、その実を私たちの時代でも多く見ることが出来ます。主の愛によって満たされ、主の愛によって仕え合い、主の愛によって前進していきましょう。 [Read more...]