聖書箇所:マタイの福音書4章5節ー11節

説教題:『勝利する救い主』

1. 第二の誘惑:神を試みる高慢(5-7節)

悪魔はイエス様をエルサレムの神殿の頂上に立たせ、下に身を投げるよう誘惑しました。その根拠として、悪魔は詩編91編を引用し、「神は御使いを遣わしてあなたを守る」という約束があるのだから、それを証明してみせよと迫りました。

これは、神の言葉を文脈から切り離して悪用する巧妙な策略でした。詩編91編の約束は、神の御心に従って歩む道での保護を意味します。悪魔は、神への従順ではなく、神の愛と真実を疑い、神に証明を要求する高慢な態度を取らせようとしたのです。

イエス様は、この誘惑の核心を見抜かれ、申命記6章16節の御言葉をもって退けられました。この御言葉は、イスラエルの民が荒野で水がないときに「主は私たちの中にいるのか」と神を試みた(マサ・メリバ)不信仰の歴史を背景としています。イエス様は、神への信頼を疑い、神を試すような行為を拒絶されました。

2. 第三の誘惑:礼拝の対象に関する問題(8-11節)

悪魔は次にイエス様を非常に高い山に連れて行き、この世のすべての王国とその栄華を見せました。悪魔は、「もしひれ伏して私を拝むなら、これをすべてあなたにあげよう」と提案しました。

これは、十字架の苦難という神の救済計画を回避し、安易な道で王座を手に入れる誘惑でした。しかし、その代償は、創造主である父なる神への究極の裏切り、すなわち悪魔への礼拝でした。この誘惑は、権力欲と支配欲に訴えかけながらも、究極的には誰を礼拝し、誰に仕えるかという根源的な問題でした。

イエス様は、「下がれ、サタン」と断固として拒絶し、申命記6章13節の御言葉を引用されました。

「あなたの神である主を礼拝しなさい、主にのみ仕えなさい」

この戒めは、イスラエルの民がカナンの地で偶像礼拝(バアルなど)の誘惑に直面した際に与えられたものであり、唯一まことの神への絶対的な忠誠を要求するものでした。

3. イエス様の勝利と私たちの救い

イエス様は、三つの誘惑のすべてを申命記の御言葉をもって退けられました。これは、イスラエルの民が荒野で40年間失敗し続けた不従順を、イエス様が真のイスラエルの代表者として完全な服従をもって打ち破られたことを示します。

このイエス様の完全な従順は、私たちが誘惑に勝利するための模範であるとともに、神の義の要求を完全に満たし、その義が私たちに適用されることで、罪の裁きから救われる完全な救いの基盤となっているのです。私たちは、この模範と救い主から目を離さず、信仰をもって歩んでまいりましょう。