おはようございます。12月になり、救い主イエス様の誕生を待ち望むアドベントの季節を迎えました。本日から、イエス様のご誕生の意味と目的について、ヘブル人への手紙2章を中心に詳しく見ていきたいと思います。特に、本日の説教題である「救いの創始者」としてのキリストに注目します。
1. 救いの創始者(アルケーゴス)とは
ヘブル人への手紙2章10節には、「多くの子たちを栄光に導くために、彼らの救いの創始者を多くの苦しみを通して完全な者とされたのは、万物の存在の目的であり、また原因でもある神に、ふさわしいことであったのです。」とあります。
ここで用いられている「救いの創始者」という言葉は、ギリシア語で「アルケーゴス (archēgos)」です。この言葉は、単に「始める者」という意味に留まらず、「権威」「指導者」「開拓者」といった豊かな意味を持っています。
「アルケーゴス」の意味:
①一番先頭に立って導くリーダー。(使徒5:31)
②一番の権威をもつ君主。(使徒3:15)
③一番にはじめた創始者(ヘブル2:10)。
キリストは、未踏の険しい山道を最初に切り開いた開拓者、また指導者のイメージです。キリストは、救いという概念を教えただけの教師ではなく、ご自身の人生と死と復活によって、救いの道そのものを切り開かれたお方なのです。ヘブル人への手紙12章2節にも、「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。」と記されています。イエス様こそ、この救いの道を切り拓かれた唯一のお方です。
2. キリストが苦しみを通して完全な者とされた理由
この救いの創始者であるイエス様は、なぜこの地上にお生まれになり、十字架につけられたのでしょうか。それは、万物の存在の目的であり原因である創造主なる神様が、「ふさわしい」と判断された、永遠のご計画に基づく方法でした(ヘブル2:10)。その方法は、「多くの子たちを栄光に導くために、彼らの救いの創始者を、多くの苦しみを通して完全な者とされた」というものです。
すなわち、神の御子が私たちと同じ人となり、十字架上で苦しみ、死なれるという方法です。ここにこそ、私たちがクリスマスをお祝いする理由があります。聖書は、この方法がふさわしいとされた理由を、主に次の二点から説明しています。
(1) 救いを空虚な概念ではなく確かなものとするため
神様の救いは、観念上の理論的なものではなく、現実的な代価を必要としていました。神様の贖いは、血を流し、実際に刑罰を受けることによって初めて完成される「現実の贖い」です。
イエス様は人となることによって、試練、誘惑、痛み、悲しみ、そして死そのものまでを実際に通過されました。
そして、私たちが本来受けるべき刑罰と苦しみを現実に身代わりとなって受け、私たちの罪に対する贖いを確かなものとされました。
この世の哲学や宗教が教える「救い」が、「こうであったらいいよね」という中身の入っていない空っぽの皿(願望)であるのに対し、イエス様は現実にこの地上にお生まれになり、実際に血を流し、十字架上で死なれることによって、神の義の要求を満たし、確かな救いを成し遂げてくださいました。
ヘブル人への手紙2章17節に、「神に関わる事柄について、あわれみ深い、忠実な大祭司となるために、イエスはすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それで民の罪の宥めがなされたのです。」とある通りです。
(2) 試みを受けて苦しむ私たちを理解し助けるため
第二に、イエス様が苦しみを通して完全な者とされたのは、私たちを助けるためです。ヘブル人への手紙2章18節には、「イエスは、自ら試みを受けて苦しまれたからこそ、試みられている者たちを助けることができるのです。」と記されています。
イエス様の地上の歩みは、貧しさ、人々の反対、無理解、敵対、そして十字架での死に至る多くの苦しみの連続でした。この苦しみを経験されたからこそ、主イエス様は、同じように試みを受けている私たちの気持ちをよく理解し、寄り添い、見離さず、助けることがお出来になるのです。
もし神様が、地上での苦しみを知らず、ただ天から正論で叱咤激励するだけのお方であったなら、私たちは厳しさだけを感じてしまうかもしれません。しかし、神様ご自身が、私たちと同じ、いやそれ以上の試みを経験し、乗り越えて来られたお方だという事実を知っているとき、私たちは大いに励まされ、慰められるのです。
この「現実に贖いを成し遂げるため」と「苦しむ私たちを理解し助けるため」という二つの大きな理由のために、主イエス様はこの地上にお生まれになり、多くの苦しみを通して「救いの創始者」を完全なものとされたのであります。
3. 神の家族とされた私たち
ヘブル人への手紙2章11節から13節には、この救いの結果が語られています。
「聖とする方も、聖とされる者たちも、みな一人の方から出ています。それゆえ、イエスは彼らを兄弟と呼ぶことを恥とせずに…『見よ。わたしと、神がわたしに下さった子たち』と言われます。」
救いの創始者であるイエス様によって救われた私たちは皆、このイエス様と無関係ではありません。私たちは皆、神の家族とされたのです。イエス様を第一の長男とし、私たちはその後に続く者として、神様に結び合わされています。
私たちは、同じ「救いの創始者、救いの完成者」によって救われた子どもたちであり、この方に目を向けて、栄光に向かって歩み続ける神の家族なのです。イエス様は、多くの苦しみを経て救いの創始者を完成してくださっただけでなく、私たちを「兄弟」と呼び、「神がわたしに下さった子たち」と呼んでくださる、その愛を私たちは決して忘れてはなりません。
結びと祈り
クリスマスを待ち望むアドベントの時、私たちは、イエス様が多くの苦しみを通して、私たちの救いの創始者を完成してくださったこと、そしてその理由と目的に対する感謝の心をもって、イエス様のご誕生をお祝いしたいと思います。救いの創始者であるイエス様への感謝をもって、共に心を一つにして、救い主イエス様のご誕生と、その生涯をかけて成し遂げられた御業に感謝してまいりましょう。お祈り致します。
天の父なる神様。どうぞクリスマスの本当の意味を覚えて、感謝と喜びをもってお祝いすることが出来ますように。神の家族が心を一つにして、主イエス様のお生まれをお祝いすることが出来ますように。イエス様の御名によってお祈り致します。アーメン
