投稿者「mayumi」のアーカイブ

2019年6月9日 主日礼拝メッセージ

「失望と希望の中に望まれた聖霊」 使徒の働き 1章12~14節、21章1~4節

イエスが約束された、父なる神から与えられる聖霊を待ち望んでいた弟子たち。時は五旬節、心を一つにして祈っていた彼らに聖霊が降られたのです。

Ⅰ.失望の中の希望

弟子たちはイエスの言葉どおりにエルサレムに戻りましたが、彼らにとってエルサレムは、イエスを裏切ったという大失敗の記憶が残る町であり、また身の危険が及ぶ町でもありました。できることなら早々と立ち去りたい町に彼らが留まった理由はただ一つ、イエスが語られた神の約束という希望でした。集まった人々は皆、イエスを裏切った弟子たち、イエスを神の子救い主と信じ抜くことができなかった人達です。彼らは自分に対する失望と弱さに嫌というほど向き合い、ただ一つの希望である聖霊を求めて、祈りに専念したのです。イエスは「どうして求める者に聖霊を下さらないことがあろうか」と言われました。心からひたすらに聖霊を祈り求めるなら、必ず与えられるのです。

Ⅱ.聖霊が降ったペンテコステ

時は五旬節、突然激しい風が吹いたような音が天から起こり、彼らが集まっていた家一杯に響き渡りました。すると、炎のように分かれた舌のようなものが現れ、一人一人の上にとどまった瞬間、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに色々の他国の言葉で語りだしたのです。

ペンテコステの日、助け主であり、真理の霊である聖霊が与えられました。聖霊は私たちの信仰を守り、励まし、助けて下さるお方です。また聖霊の力が働く時、私たちは神の御言葉に目が開かれ、神の御心を知ることができるのです。このような素晴らしい聖霊の恵みは、求める全ての人に与えられます。しかし、神の御言葉や御心を無視して自己中心に生きるなら、聖霊の恵みに与ることはできません。御霊の神中心の生き方にシフトし、あなたの人生のハンドルを聖霊なる神に握っていただくのです。そうするなら、聖霊の素晴らしい御力を体験し、御霊の実を結ぶクリスチャンに変えられていくのです。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。今週のお花は、ナツハゼ、テッポウユリ、オンシジューム、スターチス、あじさいです。

礼拝の後、ほぼ毎週愛さん会(美味しく、楽しいランチタイム)があります。今週のメニューは、カレーライス、野菜の浅漬けです。料金は大人250円、中学生200円、小学生150円、小学生未満は無料です。初めての方も無料です。

2019年6月2日 主日礼拝メッセージ

「生きるにしても、死ぬにしても」 ピリピ人への手紙 1章12~21節 金田洋介牧師

パウロはピリピ教会の信徒らに、獄中にある自分を支えてくれたことの感謝、彼らの成長に対する喜び、そして自らの証しも加えてこの手紙を送りました。特に本日の箇所では、彼がキリストを伝えたことによって捕らえられたことが福音の前進につながったことの証しと、彼の大胆な信仰告白が綴られています。

パウロの告白~全てはキリストが崇められるため~

パウロはイエスを伝えたことによって捕らえられ、軟禁状態になってしまいました。ところが、彼のもとに出入りする人々を通し、また、彼を見張る兵士たち(皇帝直属の兵士たち)を通して、イエスの福音が広がる結果になったのです。中には、パウロに対抗して伝える人も起こされる事態に。パウロは「 たとえ純粋な動機ではないにせよ、結果的に復活されたキリストが伝えられているのだから、私はそれを喜んで」いました。さらにパウロは、生きるにしても、死ぬにしても、キリストが崇められることを切望していると告白しました。それはすなわち、彼の人生の全てを指しています。「良いことも悪いことも、成功も失敗も、長所も短所も、誉れも恥も、たとえ死ぬことになったとしても、すべてがキリストの素晴らしさを伝えることに用いられるように」ということです。

新しい人生の目的~生きるにしても、死ぬにしても~

パウロの姿から、イエスを救い主として信じた人には新しい人生の目的が与えられることが分かります。それは、自分の人生をキリストが崇められるために生きるという目的です。強さも弱さも、成功も失敗もみな、キリストが崇められるために用いられるのです。ただし、御霊を無視し、自分中心に歩むなら、成功による誉れはその人にだけしかとどまりません。そして、失敗は失敗としてしか残りません。しかし、御霊を中心に、また神の御言葉を中心に歩んで行くなら、成功はもちろん、失敗でさえも神の栄光のため、神の御名が崇められるための証しとなるばかりか、全てを益に変えてくださる神の御力が現されていくのです。

「生きるにしても、死ぬにしても、ただキリストが崇められるように」と、告白できる信仰者とならせていただこうではありませんか。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。今週のお花は、ゆり(カサブランカ)、ひまわり、グラジオラス、モンステラです。

礼拝の後、ほぼ毎週愛さん会(美味しく、楽しいランチタイム)があります。
今週のメニューは、血管イキイキ鯖缶寿司、お吸い物です。鯖は梅肉で和えてあり、さっぱりといただけました。
料金は大人250円、中学生200円、小学生150円、小学生未満は無料です。初めての方も無料です。

 

 

2019年6月 背骨コンディショニング・健康体操教室のお知らせ

熊本真愛教会では、2019年6月の背骨コンディショニング・健康体操教室を下記の日程で行います。地震以降、からだの不調を訴える方々のために、教会を会場に行っています。腰、肩、首、ひざなど、からだの痛みや自律神経失調症などの様々な不調を、体操によって改善していきます。

参加費は1000円です。先着10名となっておりますので、ご希望の方は教会までお電話でお申し込みください。096-389-4539

体操のできる服装でお越しください。

・6月 8日(土) 午前 10:30~

・6月 15日(土) 午前 10:30~

・6月 20日(木) 午後  7:30〜

・6月29日(土) 午前  10:30~

インストラクターの指導のもと、体操を教えていただきます。自宅でもできると好評です。
↓一般社団法人 背骨コンディショニング協会のホームページはこちらです。

https://www.sebone-c.org/

2019年5月26日 主日礼拝メッセージ

「神の国を継ぐ者~御霊によって歩きなさい」 ガラテヤ人への手紙 5章16~26節 金田洋介牧師

パウロの伝道によって増え広がったガラテヤの諸教会は、違った福音(1章6節)によって正しいキリストの福音が曲げられ、惑わされていました。パウロは彼らを戒めるとともに、御霊によって信仰生活を歩んでいくことを勧めました。

私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、肉の欲望を満たすことは決してありません。5章16節 「肉の欲」とは、御霊の働きや介入を拒絶する思いと主の御言葉に反抗する生き方、そしてそこから生まれる自己中心に生きようとする欲求のことです。肉の欲は御霊と対立し(17節)、醜い罪となって現れ(19~21節)、罪に囚われ続け、神の国を継ぐことができなくなってしまうのです。

御霊によって歩むとは

御霊を①認識すること。御霊が共におられ、見ておられると認識するのです。②信頼すること。御霊は傍らに立ち、あなたを助けてくださるお方です。③御霊に相談すること。どんなに易しいことも、難しいことも相談するのです。④御霊に従うこと。御霊は御言葉を通し、あらゆる人を通して教えてくださるお方であり、御霊自身が警告を与えられます。示されたのなら素直に従いましょう。⑤御霊に歩調を合わせて進むこと。自分のペースではなく、御霊のペースに合わせて信仰生活を歩むのです。時には待ち、考え、自らの歩みが神の御心に適っているかを吟味しながら、御霊と共に歩むことです。しかし これらの歩みは、一朝一夕で身に着くものではありません。日ごとに神の御前で静まり、祈り、御言葉に養われることが大切です。罪を示されたなら素直に罪を認めて悔い改めイ、エスの十字架を仰いで行くのです。そして、忘れていけないことは、御霊によって歩んでいても、誘惑が無くなるわけではないことです。御霊に逆らう思いが起こったり、罪に誘う悪魔の試みは常にあります。しかし、恐れてはなりません。神の介入を受け入れ、御霊によって歩み続けるなら、肉の欲という御霊への反抗、自己中心な歩みへの欲求、罪の行いに身を委ねようとする欲求に打ち勝つことができると聖書は約束しています。地上の歩みにおいては御霊の実を結び、後の世においては神の国を継ぐ者とされたいのなら、御霊によって歩きなさい!

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。今週のお花は、デルフィニュウム、グラジオラス、オリエンタルユリ、ひまわりです。

礼拝の後、ほぼ毎週愛さん会(美味しく、楽しいランチタイム)があります。
今週のメニューは、丸天うどん、ご飯、お漬物です。
料金は大人250円、中学生200円、小学生150円、小学生未満は無料です。
初めての方も無料です。

 

 

2019年5月19日 主日礼拝メッセージ

「責められるところのない者として下さる神」 テサロニケ人への第一の手紙 5章23~24節 金田洋介牧師

パウロがテサロニケ教会に宛てた手紙です。パウロは教会が患難の中でも成長し、他の模範となっていることを喜んでいますが、その一方で幾つかの問題点を指摘しています。特に問題だったことは彼らのきよめのことでした。パウロは不品行を慎むように勧め、警告し(4章)、彼らの信仰の不足を補うために、顔と顔を合わせて伝えることができるように祈っていました。

偶像と罪が溢れていたテサロニケは、今日の私たちの環境とよく似ています。神はパウロの祈りの言葉を通して、私たちに語っておられるのです。

Ⅰ.きよめとは

「きよめ」は聖書にある「聖霊のバプテスマ」や「聖霊の満たし」のことです。以前、きよめとは神への完全な明け渡しであると語りました。自我が心の中心に居座るのではなく、聖霊なる神を全ての中心に置くのです。つまり、あなたの心の思いや意思、感情、価値観、行動、問題、罪、性質、性格といった、あなたの全領域に神が介入されることを受け入れるのです。あなたが神の介入を心から願い求めて明け渡すなら、神自ら働いて下さり、きよめの恵みに与ることができ、最後には神の御心と御言葉に喜んで従うことのできる者へと変えられるのです。

Ⅱ.責められるところのない者にしてくださる神

さらにパウロは、私たちが責められるところのない者として、神ご自身がきよめを保ち続けて下さると伝えています。聖霊なる神に満たされ、きよめられた後も、私たちは生来持つ弱さや、性質、性格の故に、罪の誘惑に襲われることがあります。しかし、きよめに与る者は神の介入を心から受け入れることができ、誘惑があっても罪に支配されず、たとえ過ちを犯してしまっても、常にイエスの十字架の贖いの恵みによって悔い改め、歩み直すのです。そして神ご自身が、責められるところのない者として、あなたを保ち続けて下さるのです。

きよめの恵みに与らせて下さる神は真実なお方です。真実な信仰をもって神を信じ、全生涯、全領域を神に明け渡し、神に介入していただきましょう。そして、神の御旨に生きる幸いな日々を歩ませていただこうではありませんか。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。今週のお花は、アリアム、ヘリコニア、グロリオーサ、ユーカリです。

2019年5月12日 主日礼拝メッセージ

「あなたの父と母を敬いなさい」出エジプト記 20章12節 金田洋介牧師

「あなたの父と母を敬え」は十戒の後半、人と人との関係における教えの最初の教えです。「敬え」とは「重んじる」という意味です。モーセの時代、両親は子にあって神の権威を代表するものでした。つまり、父母を敬うことは神を敬い重んじることに繋がるのです。それは同時に、父母には大きな責任があることを意味します。今日で言うなら、聖書教育における責任です。親は神の言葉を子供に教育する(教える)ということにおいて、神から委ねられた権威と責任があることを心に覚えなければなりません。聖書は神の言葉に進んで従うことに、必ず祝福があると約束しています。聖書の教えが、我が子にとってなくてはならない命の言葉となるように、また罪から守られ、神の祝福に与る者とされるように、愛と忍耐をもって伝えましょう。

一方で、敬い難い親がいることもまた事実です。親が我が子を虐待し、死に至らしめるという痛ましいニュースを聞きます。このような時代に神の教えや価値観は通用しないように思えますが、果たしてそうでしょうか。イエスは言われました。父はご自分の太陽を悪人にも善人にも昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからです…と。十戒が与えられたイスラエルの民の親たちがみな、尊敬できる人ばかりではなかったと思うのです。しかし神は、すべての民をエジプトから救い、紅海を渡らせ、荒野では水やマナを与えて養われました。この愛なる神の御言葉に耳を傾けたいのです。子どもたちよ。主にあって自分の両親に従いなさい。これは正しいことなのです。主なる神にあって、父と母を敬う。それが聖書の教えです。もしかしたら、神とあなたとの間にしか分からない多くの痛みや傷があるかもしれません。しかし神は、あなたの傷口を広げるためにこの言葉を与えられたのではありません。あなたの傷が癒されるため、和解するため、平和な心で、穏やかな心で父や母と言葉を交わすことができるようになるためです。そして何よりも、あなたが祝福され、あなたの家族も祝福されることを願っておられるからなのです。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。今週のお花は、ゆり、ダリア、アルストロメリア、カーネーション、アレカヤシです。

本日のランチは、母の日特別メニューでした。教会の壮年(お父さんたち)や、青年(若い方々)が心を込めて、母たちの為に作ってくださいました。
たけのこの混ぜ込みご飯、つみれ汁、特製デザート、お土産のお菓子もありました。

2019年5月5日 主日礼拝メッセージ

「あなたの幸せを願われる神」 申命記6章1~9節  金田洋介牧師

1~3節は、これからモーセが語ろうとしている6章全体の言葉を要約したものです。①これから語る命令がモーセ自身からではなく、イスラエルをエジプトから導かれた神ご自身からの命令であること。②この命令はこれを聞く民だけでなく、彼らの子や孫の世代も共に守るべき命令、後の世代にも及ぶ命令であること。③この命令を神様が与えられたのは、命令を守る事によって彼らが祝福を受けるため、幸福な人生を過ごすことを目的として与えられたこと。

モーセは神の命令を、次世代も守り行うように強く勧めました。そして「心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」と、全身全霊を持って神を愛し、神の言葉を心に留めるようにと命じます。それは、神の命令や神の御言葉を守ることは、神を第一に愛することであり、神を第一に愛することは、神の命令、神の御言葉を守ることだからです。そして、今を生きる私たちにも、主なる神を心から全力で愛すること、すなわち神の言葉を守ることが求められているのです。

さらに、神は私たちの幸福の為に、ご自身の言葉を守るように命じておられます。主なる神はイスラエルの民だけにとどまらず、神を信じる全ての人々の祝福を願っておられるお方です。主なる神の命令と御言葉を、面倒に思ったり、煩わしく思ったりしてはなりません。素直に心を開き、耳を傾け、そして実行しましょう。それは、あなたを幸せな人生へと導く確かな道なのです。

最後に、神の命令と言葉を子や孫、次世代へと教え続ける使命があると語っています。私たちは神の命令、御言葉を守り行う事、神を心から愛する事の大切さを知りました。神から豊かな恵みを賜りました。私たちが体験した神の御言葉の真実、従う大切さと喜び、豊かな祝福の約束を、信仰というバトンに変えて、次世代に託していこうではありませんか。あなたとあなたの子孫の祝福を願われる神は、その場限りの祝福ではなく、永遠に至る祝福を与えることができる唯一の方なのです。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。今週のお花は、白山木、ひまわり、アイリス、カラーです。

礼拝の後、ほぼ毎週愛さん会(美味しく、楽しいランチタイム)があります。
今週のメニューは、炊き込みご飯、ぎょうざスープ、キュウリの塩昆布あえ、です。
料金は大人250円、中学生200円、小学生150円、小学生未満は無料です。初めての方も無料です。

 

2019年4月28日 主日礼拝メッセージ

「永遠の命を獲得しなさい」 テモテの手紙第一 6章7~16節 金田洋介牧師

真愛教会では、召天者を記念して一年に一度、 記念礼拝の時を持っています。先に天に召された敬愛する兄姉の在りし日を思い起こし、偲ぶ時としています。本日は信仰を全うされた先輩たちが握った聖書の御言葉を、私たちも共に分かち合って参りましょう。

しかし、神の人よ。あなたはこれらのことを避け、義と敬虔と信仰、愛と忍耐と柔和を追い求めなさい。信仰の戦いを立派に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたはこのために召され、多くの証人たちの前で素晴らしい告白をしました。

パウロはテモテに、神よりも金銭を愛し追い求める生活、そして、ねたみや争い、ののしり、邪推(自分に悪いことを考えているのではと疑うこと)といったものを避けるように指導するよう教えました。避けるべきものを踏まえた上で、義と敬虔と信仰、愛と忍耐と柔和を追い求めるよう勧めたのです。

義と敬虔と信仰は神に対するもの、愛と忍耐と柔和は人に対するものと言えるでしょう。義とは、神の御言葉を土台とする生き方であり、神との関係において誠実に生きることです。敬虔と信仰とは、天地創造の神のみを信じ、畏れ敬いつつ生きることです。一方、愛、忍耐、柔和は今さら説明する必要はないと思いますが、愛は神から与えられるものですので、神の愛の特徴である与え尽くす愛、見返りを求めない愛を追い求めていくのです。続いて忍耐ですが、愛を全うするためには忍耐が必要です。最後の柔和は、性格や性質が穏やかなさまという意味ですが、どんな相手であっても、態度を変えることなく柔和でいられるよう求めていくのです。これらは、自分の力や努力によって結ぶものではなく、聖霊によって結ばれる実です。日々、聖霊様の助けによって歩むことを求めましょう。

最後にパウロは、信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠のいのちを獲得するよう勧めました。そうです、先に天に召された兄姉たちは、この永遠のいのちの望みを信仰によって握り、生涯をかけて神と共に歩む新しい命の人生を歩み抜かれたのです。私たちも、いつも共におられる神と共に信仰生活の日々を歩み、信仰の戦いを立派に戦い抜いて永遠のいのちを獲得しようではありませんか。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が生けられています。
今週のお花は、デルフィニウム、グラジオラス、アイリス、マトリカリアです。

この日は昼食の後、桃尾墓園にある教会の納骨堂にて、墓前礼拝もささげられました。

遅くなりましたが、4月21日のお花です。
オオデマリ、ピンポン菊、ストック、トルコキキョウです。

2019年5月  背骨コンディショニング・健康体操教室のお知らせ

熊本真愛教会では、2019年5月の背骨コンディショニング・健康体操教室を下記の日程で行います。地震以降、からだの不調を訴える方々のために、教会を会場に行っています。腰、肩、首、ひざなど、からだの痛みや自律神経失調症などの様々な不調を、体操によって改善していきます。

参加費は1000円です。先着10名となっておりますので、ご希望の方は教会までお電話でお申し込みください。096-389-4539

体操のできる服装でお越しください。

・5月 4日(土) 午前 10:30~

・5月 11日(土) 午前 10:30~

・5月 18日(土) 午前 10:30〜

・5月 24日(金) 午後7:30~

インストラクターの指導のもと、体操を教えていただきます。自宅でもできると好評です。
↓一般社団法人 背骨コンディショニング協会のホームページはこちらです。

https://www.sebone-c.org/

2019年4月21日 主日礼拝メッセージ

「よみがえられた主イエス」 マタイの福音書28章1節~14節 金田洋介牧師

イースターおめでとうございます。復活されたイエスの御名を賛美します。世界中で祝われるイエスの復活は、私たち一人一人に関わる大切な出来事です。

イエスが十字架の上で死なれてから三日目の朝、女弟子たちがイエスの納められた墓へと向かう途中、大きな地震が起こりました。天から降って来た主の使いが、イエスの墓を塞いでいた大きな石を動かしたからです(2節)。主の使いは彼女たちにイエスがかねてから言っておられた言葉が実現し、イエスが復活されたこと、そして、ガリラヤでイエスにお会いできることを弟子たちに伝えるよう告げました(5~7節)。 彼女たちは、喜びながら弟子たちのもとに走って行きました。すると、今度はよみがえられたイエスが彼女たちの前に現れました(9節)。そしてイエスも、弟子たちにガリラヤに行くように伝えなさいと、彼女たちに念を押して命じられたのです。イエスが復活された朝、素晴らしいことが起こりました。女弟子たちの絶望が希望に変わったのです。よみがえられたイエスを信じる者に、神は希望を与えてくださいます。その希望とは、罪と死の問題からの勝利です。イエスを信じる者は罪赦され、死は終わりではなくなり、永遠の命が与えられるのです。それが、神が私たちに与えてくださった希望、約束なのです。

最後に、イエスと御使いはガリラヤに行くように命じました。これはイエスが十字架にかけられる前にも語られていた言葉です。この言葉にどのような意味が込められているのでしょうか?ガリラヤはイエスの宣教の中心の場所であり、生活の中心となった場所です。「そこに行け、そこにわたしはいる。わたしに会える」と言われました。つまり、あなたの生活のただ中に、主イエスはおられるということです。喜びも、楽しみも、悩みも、痛みも、苦しみもある、あなたの日常の中に主イエスはおられ、そこでイエスにお会いできる。すなわち、イエスの御力に、ご栄光に与れると言う約束です。イエスは十字架で死んで終わったお方ではありません。よみがえられ、生きておられるのです。そして、あなたと共におられるのです。このお方が私たちの神であり救い主であるとは何という幸いでしょうか。「すべて彼を信じる者は、失望に終わることがない」(ローマ人への手紙10章11節)

この日は、地域の子どもたちを教会にお招きして、「イースターまつり」を行ないました。
みんなでイースターのお話を聞きました。

お話を聞いた後は、みんなでゲームをしたり…

各ブースに分かれて、輪投げをしたり…

射的をしたり…

いろいろ食べたり…

アームレスリング大会などもあり…楽しい一日でした。