聖書箇所:マタイの福音書2章13節−23節

説教題:『守られる救い主』

私たちの計画は、思いがけない出来事によって突然くつがえされることがあります。病気や事故、予期せぬ環境の変化…。そのような時、神様は本当に私たちを見ておられるのかと不安になるかもしれません。しかし聖書は、神様がそのすべての背後で御計画を進めておられる方であることを繰り返し語っています。

旧約聖書のヨセフはその一例です。兄弟に憎まれ、奴隷として売られ、さらに濡れ衣で牢に入れられるという、先の見えない苦難を通りました。しかし後にエジプトの宰相となり、多くの人々を飢饉から救います。ヨセフは兄弟たちにこう語りました。「あなたがたは私に悪を図りましたが、神はそれを良いことのための計らいとしてくださいました」(創世記50:20)。人の悪意や試練の背後で、神様が御計画を実現しておられたのです。

マタイによる福音書もまた、神様の摂理的導きをはっきりと示しています。幼子イエスが生まれた後、ヘロデ王は自らの権力を守るために幼子の命を狙いました。その時、主の使いが夢でヨセフに現れ、「幼子とその母を連れてエジプトへ逃げなさい。わたしがあなたに告げるまでそこにいなさい」(マタイ2:13)と命じます。これは家族にとって大きな不安と犠牲を伴う避難でしたが、彼らは御言葉に従ってエジプトへ逃れました。

この出来事は単なる避難ではなく、旧約の預言の成就でした。「わたしはエジプトからわたしの子を呼び出した」(ホセア11:1)。イスラエルの民が出エジプトを通して救いを経験したように、御子イエス様もまた幼い時から「出エジプト」を体験されました。ここに、イスラエルの歴史とメシアの生涯を一つに結び合わせる神様の大いなる御計画を見ることができます。

一見すれば、ヘロデの暴虐と人間の罪によって幼子の命が脅かされたように見えます。しかしその背後には、すべてを御手の中で支配しておられる神様の主権がありました。神様は人間の罪や逆らいさえも、ご自分の救いの御計画を進めるために用いられるお方です。だからこそ、イエス様の逃避行は敗北ではなく、むしろ神様のご計画の確かさを示す証しなのです。

私たちも人生の中で、自分の思い描いた計画が突然崩れることを経験します。その時には「なぜ」と問いかけたくなるでしょう。けれども信仰をもって振り返る時、そこに神様の守りと導きがあったことを悟らされます。聖書は「神は、神を愛する者たち、すなわちご計画に従って召された者たちとともに働いて、すべてのことを益としてくださる」(ローマ8:28)と約束しています。

神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。

ローマ人への手紙 8章28節

私たちは将来をすべて見通すことはできません。しかし神様は私たちの歩みを御手の中で導き、すべてを益に変えてくださる方です。だからどんな時にも希望を失わず、信頼をもって従順に歩んでいきましょう。

【適用】

  1. 不安や試練の時こそ、神様の摂理を信頼する。
    計画が崩れ、将来が見えなくなる時があります。そのような時にこそ、すべてを御手に収めておられる神様の導きを信じて歩むことが大切です。
  2. 御言葉に示された導きに従順に応答する。
    ヨセフが夢の御告げに従って直ちに行動したように、私たちも日常の中で与えられる御言葉に素直に従うことが、神様のご計画に用いられる一歩となります。