投稿者「mayumi」のアーカイブ

2018年6月10日父の日イベント プラバンストラップ作りのお知らせ

熊本真愛教会では、父の日のイベントとして、下記のとおりプラバンストラップ作りを行ないます。どなたでも参加できます。参加費は無料です。

日時 : 6月10日(日) 午後1:30より

場所 : 熊本真愛教会

※ 材料は教会で準備します。お問い合わせは☎096-389-4539まで。

 

 

2018年5月27日主日礼拝メッセージ

「主の御顔を避けたヨナ」 ヨナ書 1章1節~16節  金田洋介牧師

紀元前8世紀頃活躍した預言者ヨナ。神は彼にニネべへの宣教を命じられました。それは、ニネベの人々の罪があまりにも重かったからでした。ところがヨナは「主の前を離れ(神の御顔を避け:新改訳)」(3節)、ニネベに向かわず、タルシシ行きの船に乗り込みます。ヨナが主の前を離れた(命令に背いた)理由は4章で明らかにされますが、いかなる事情があれ、預言者であるヨナが故意に神の御心に背くことは罪です。主なる神は、大風を海の上に起こされ(4節)、ヨナを乗せた船は激しい大風に襲われます。恐れた水夫たちは、それぞれ自分が信じる神に助けを求めます。一方ヨナは、神の御心に背いたことに対する恐れがストレスとなったのか、神の御心に対する反抗的な態度を表すためか、彼は甲板の下で熟睡していました。船長はヨナを起こし、彼が信じる神に助けを求めるように迫りますが、ヨナは祈ろうとはしません。一向におさまらない嵐に恐れた人々は、クジによってこの災いを招いた張本人を探ったところ、はからずもヨナに当たりました。観念したヨナは、自分が信じる天地創造の神の御心に背いたために災いが臨んだことを告白しました。そして、嵐を鎮めるために自分を海に投げ込むよう命じたのです。人々がヨナの言葉通りに彼を海へと投げ込むと、大風は止み、海は静まりました。この一連の出来事を経験した人々は、ヨナが信じる天地創造の神を信じ、礼拝する者になったのです。ヨナの不従順が、結果として異教者を真の神礼拝へと導くことになるとは、ヨナ自身も思いもしなかったことでしょう。ここに万事を益とされる神の業を見ることができます。

主の御顔を避けたヨナ。その選択によって彼自身だけでなく、多くの人々を巻き込む大変な事態へと発展しました。神の御心に対する従順が如何に大切であるかが分かります。イエスも、神の御心(御旨)を行うことの大切さを教えておられます(マタイ7章)。あなたには、主の御顔を避けた(御心に不従順であった)ことが原因で、思わぬ事態に直面した経験はありませんか?神の御心に対して、故意であれ、無意識であれ、無関心であれ、不従順であるならば、思いがけない行き詰まりを経験し、自分だけでなく、他者をも傷つけることになることをヨナの姿から学ぶことができます。主なる神は、あなたが進んで主の御顔を拝し、御声に従うことを願っておられます。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。今週のお花は、ゆり、アルストロメリア、ひまわりです。

礼拝の後、ほぼ毎週愛さん会(美味しく、楽しいランチタイム)があります。
今週のメニューは、カレーライス、夏野菜のピクルス、手作りのアメリカンクッキーの差し入れもありました。料金は大人250円、中学生200円、小学生150円、小学生未満は無料です。初めての方も無料です。

 

 

2018年5月20日 主日礼拝メッセージ

「ペンテコステの恵み」 

使徒行伝 2章1節~4節  ヨハネによる福音書 14章16節~17節 金田洋介牧師

イエスのご昇天後、弟子たちは約束の聖霊を求め、心を合わせて祈っていました。時は五旬節、突然激しい風が吹いたような音が天から起こり、彼らが集まっていた家一杯に響き渡りました。すると、炎のように分かれた舌のようなものが現れ、一人一人の上にとどまった瞬間、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに色々の他国の言葉で語り出したのです。

ペンテコステの日、助け主であり、真理の霊である聖霊が与えられました。聖霊は私たちの信仰を守り、励まし、助けてくださるお方です。また、聖霊の力が働く時、私たちは神の御言葉に目が開かれ、神の御心を知ることができるのです。このような素晴らしい聖霊の恵みは、イエスを救い主と信じ受け入れる全ての人に与えられます。しかし、神の御言葉や御心を無視して自己中心に生きるなら、聖霊の恵みを十分に体験することはできません。自己中心の生き方から、神中心の生き方にシフトし、あなたの人生のハンドルを聖霊なる神に握っていただくのです。そうするなら、聖霊の素晴らしい恵みを体験することができるばかりか、あなたの人生は幸いなものへと変えられていきます。

聖書は「御霊によって歩きなさい」と語っています。御霊によって歩くとは、聖霊に支配された生活のことです。しかし、支配されると言っても全く自由の無い状態ではありません。聖霊が主導権を握っておられるという事は、「こうでなければならない」と自分の思いや願いに固執することなく、「全ての事において最善に導かれる聖霊にお任せします」と、いつでも聖霊にお任せすることができる自由をいただいているということなのです。また、「歩きなさい」とは「歩き続ける」ということで、一度きりでなく何度でも、いつまでも聖霊を主体に、聖霊と一緒に生き続けなさいという意味です。もし、聖霊によって歩むなら、聖霊がもたらす恵みの実を結ぶことができます。 神と人との関係の中に結ぶ、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意の実。さらに忠実、柔和、自制の実を自分自身において結ぶのです。

ペンテコステの恵みを心から喜び、聖霊によって歩みましょう。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。
今週のお花は、アリアム、ユリ、トルコキキョウ、白山北(やまてらし)です!

礼拝の後、ほぼ毎週愛さん会(美味しく、楽しいランチタイム)があります。
今週のメニューは、炊き込みご飯、そうめん汁、キュウリのお漬物です。お土産の長崎カステラもありました。
料金は大人250円、中学生200円、小学生150円、小学生未満は無料です。初めての方も無料です。

2018年5月13日 主日礼拝メッセージ

「朽ちない資産を受け継ぐ 」 ペテロの第1の手紙1章1節~9節  金田ゆり牧師

ペテロの手紙は、ローマのクリスチャン迫害が始まったころに書かれた、慰めと励ましの手紙です。実は1章には、信仰の継承のための大原則が書かれています。私たちが、自らの信仰のバトンを次の走者に渡し、次なる走者が走っていくところを見届けるために、必要なこととは何でしょうか?

Ⅰ.朽ちない資産を確認する 3節~4節

ペテロはここで、私たちが受け継いだものは何か、確認させています。イエスは私たちに、朽ちない資産を与えてくださいました。「…わたしを信じる者は、いつまでも死なない」(ヨハネによる福音書11章26節)。人の理解を超えるめぐみです。それだけではありません。「天にたくわえてある…資産とあります。神第一の人生を送るとき、イエスは私たちのために、朽ちない資産をたくわえてくださるのです。朽ちない命、朽ちない住まい、朽ちない資産が用意されているのです。

Ⅱ.精錬された金よりはるかに尊い信仰 6節~7節

ペテロはここで、試練の連続であった人々の信仰を誇らしく賞賛しています。金が精錬されていくように、試練のたびに本物の信仰になっていったのだと。信仰の試練は、私たちの信仰が試され、本物の信仰になるためにあるのです。しかも、試練によって試され練られた信仰は、精錬されても朽ち果てる金より、遥かに尊いとペテロは言います。試練の中で保ち続ける信仰を、主に在ってもっと誇ってよいのです。皆さんの信仰は、主の前になんと尊いことでしょう。

Ⅲ.輝きに満ちた喜び 8節~9節

信仰の試練を経て、本物の信仰を持ったクリスチャンたちは、輝きに満ちた喜びを得ます。「 たましいの救い」という言葉は、朽ちない資産を受け継ぐ、という意味でもありますが、もう一つ。信仰を貫いた先に、主が必ず報いてくださる!という確信、これがたましいの救いです。試練は無駄に終わらず、必ず報いがある。この確信は、あなたに輝きに満ちた喜びをもたらすでしょう。

朽ちない資産を受け継いだ事を確認し、与えられている信仰を誇りとし、輝きに満ちた喜びにあふれること。これこそが、信仰継承の大原則なのです。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。今週のお花は、グラジオラス、スカシユリ、スターチス、グロリオーサです!

礼拝の後、ほぼ毎週愛さん会(美味しく、楽しいランチタイム)があります。今週のメニューは母の日特別メニューで、ハヤシライスとグリーンサラダは青年会の皆さんが、ロールケーキとクラッカーのデザートは壮年会の皆さんが作って下さいました。

2018年5月6日 主日礼拝メッセージ

「失意からの回復」 列王紀上19章1節~18節 金田洋介牧師

エリヤを通して神の御力を目の当たりにしたアハブ王とイスラエルの民。待望していた雨も降り、渇いていた大地が潤いを回復していくように、彼らの信仰も回復していくだろうとエリヤも確信していたことでしょう。ところが、事態は好転するどころか、エリヤはイゼベルの怒りを買い、逃亡を余儀なくされます。
北イスラエルを脱出して荒野へとやってきたエリヤは、自分の死を求めて神に祈ります(4節)。こ の時のエリヤに、預言者としての働きはおろか生きる気力すら残っていませんでした。疲れ果て、生きる気力も目的も失ったエリヤは、起き上がることもできず、眠っていました。すると、エリヤのもとに御使いがやってきてパンと水を与えます。愛なる神は、初めはカラス、次にやもめ、今度は御使いを遣わし、エリヤを養って下さったのです。エリヤは与えられたパンを食べ、水を飲み、眠りました。体力が戻ったエリヤは、四十日四十夜をかけて神の山ホレブ(シナイ山)に辿り着きました。彼が洞穴で夜を過ごすと「あなたはここで何をしているのか」との御声がありました(9節)。エリヤはありのままを正直に答えます(10節)。すると「主の御前に立ちなさい」との御声を聞き、エリヤは畏れおののきつつ洞穴から出ました。すると再び、「あなたはここで何をしているのか」と問われ、エリヤも同じように答えました(14節)。すると神は、エリヤがするべき行動を命じ(15節~17節)、大勢の同志がいることを明らかにされました(18節)。エリヤは使命と励ましを受けて立ち上がったのです。
エリヤが失意から回復した過程から4つのことを覚えましょう。
①神は私たちの状況、状態に応じた必要(人、物、手段)を必ず備えて下さいます。
②神は私たちがどのような状態にあっても変わらないお方です。エリヤが力強い時も、弱っている時もエリヤに対する神の愛は変わりませんでした。同様に、神は私たちに対しても変わらず、愛と真実を持って関わり、寄り添ってくださるお方です。
③神は私たちのどんな叫びをも聞いてくださるお方です。自己憐憫に陥っていたエリヤの叫びでさえも聞き、最善に応答されたお方が、私たちの叫びを聞いてくださるのです。
④最後に、この愛の神のみ前に出ること。すなわち、神の御声に耳を傾けるのです。神は言われます。「主の前に、立ちなさい」と。神は必ずあなたに語って下さいます。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。今週のお花は、グラジオラス、スターチス、アルストロメリア、テッポウユリです!

礼拝の後、ほぼ毎週愛さん会(美味しく、楽しいランチタイム)があります。
今週のメニューは、親子丼です。またこの日は最近結婚された姉妹とご主人のお祝い会があり、デザート3種盛(ピーチパイ、ミルク寒天、バナナプディング)も添えられました。
料金は大人250円、中学生200円、小学生150円、小学生未満は無料です。

2018年4月29日 主日礼拝メッセージ

「熱くもなく、冷たくもない信仰」 列王記上18章20節~40節 金田洋介牧師

イスラエルに雨が降らなくなって三年。いよいよ、エリヤとバアルの預言者たちとの直接対決の時がやってきました。エリヤ一人に対して、王妃イゼベルお抱えのバアルの預言者は450人。カルメル山には、彼らの他にイスラエルの民も集められました。対決は、祭壇に火を下さる神を神とすることになり、まずはバアルの預言者たちから始めました。ところが、長時間叫び求めても自らの身体を傷付け血を流しても何も起こりません。一方、エリヤは祭壇に大量の水をかけました。常識的に考えて火が点く状態ではありません。しかしエリヤが祈ると、神は直ちに天から火を下され、祭壇を焼き尽くされたのです。神の大いなる御業を目の当たりにした民は、「主こそ神である」と告白しました。

この出来事から学ぶべき一つ目のことは、神はどちらつかずの信仰を喜ばれないということです。イスラエルの民の信仰は熱くもなく、冷たくもない、まさに黙示録3章でラオデキヤ教会に指摘されているような生ぬるく、中途半端な信仰でした。「ある時は神中心、ある時は自己中心」という曖昧な生き方は、イスラエルの民のように罪に妥協する歩みへと陥らせます。

エリヤはイスラエルの民の曖昧な歩みの原因を示しました。彼は壊れた祭壇を築き直したのです。この行動は礼拝を疎かにしていた民の心を打ったのではないでしょうか。このことから学ぶべき二つ目のことは、神との関係をしっかりと築くということです。神としっかり繋がり、神と共に歩むのです。イエスも「わたしにつながっていなさい。」と言われました。神を心から礼拝することはもちろん、御言葉と祈りの生活、神を生活の中心にすることが大切です。

最後に三つ目は、民の為に執り成すエリヤの姿です。エリヤは「主こそ真の神であることを現してください」と祈りました。私たちも「主が神であることを現してくださるよう」祈り求めたいのです。神を知らず、罪を知らず、救いを知らずに生きている人々が私たちの周囲にいます。エリヤのように執り成し祈る者とならせていただきましょう。

曖昧な民の姿は他人事ではありません。常に自らの信仰を顧みましょう。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。
今週のお花は、すかしゆり、ひまわり、トルコキキョウ、びわです。

熊本真愛教会では、礼拝の後、ほぼ毎週愛さん会(美味しく、楽しいランチタイム)があります。
今週のメニューは、鮭のタルタルソースフライ、野菜炒め、お麩の吸い物、ごはんです。鮭のタルタルソースフライは、お当番さんの仕事上での発注ミスにより、教会のランチに活用されました。ラッキー!
料金は大人250円、中学生200円、小学生150円、小学生未満は無料です。長らくホームページ管理人の勘違いにより金額を間違えておりました。お詫びして今回より訂正させていただきます<m(_ _)m>

2018年5月 背骨コンディショニング・健康体操教室のお知らせ

熊本真愛教会では、2018年5月の背骨コンディショニング・健康体操教室を下記の日程で行います。地震以降、からだの不調を訴える方々のために、教会を会場に行っています。腰、肩、首、ひざなどのからだの痛みや自律神経失調症などの様々な不調を、体操によって改善していきます。参加費は1000円です。先着10名となっておりますので、ご希望の方は教会までお電話でお申し込みください。096-389-4539

体操のできる服装でお越しください。

 

・5月5日(土) 午前10:30~12:00

・5月12日(土) 午前10:30~12:00

・5月18日(金) 午後7:30~9:00

※5月26日に予定されていた体操教室は、中止になりました。

 

インストラクターの指導のもと、体操を教えていただきます。自宅でもできると好評です。

2018年4月22日 主日礼拝メッセージ

「私たちの神は生きておられる」  列王紀上17章1節~16節  金田洋介牧師

エリヤは北イスラエルの悪王アハブの時代に活躍した予言者です。アハブ王はイスラエルの神を畏れず、異国の神々を礼拝していました。 エリヤは王と対峙し、「イスラエルの神の言葉のないうちは、数年雨も露もない」と宣言したのです。これはイスラエルの神こそ生きておられる神であることをアハブ王が知るためでした。

神はエリヤにケリテ川のほとりに身を隠すよう命じ、エリヤの為にカラスを用いることを約束されました。エリヤが神の言葉に従い行くと、カラスが朝夕にパンと肉を運んできたのです。神の言葉通りでした。しかし、雨が降らなかった為、しばらくすると川は涸れてしまいました。すると再び、神がエリヤに語られました。今度は一人のやもめ女によってエリヤを養うというのです。この神の言葉にもエリヤは従い、示されたザレパテの町へと向かいました。彼が町の門に着くと(新改訳:ちょうどそこに)一人のやもめ女が、たきぎを拾っていました(10節)。彼女が神によって導かれた女性であることを確信したエリヤは、彼女とその息子が飢餓寸前であること(12節)を知りつつも、自分のためにパンを焼いて持ってくるよう願いました。そうするなら、神が再び雨を降らせるその日まで、彼女の家の『瓶の粉は尽きず、びんの油は絶えない』(14節)と神が言っておられるから」とエリヤは彼女に告げました。彼女にとって最後の粉と油。たとえ残り僅かであっても、息子と自分の命を僅かでも延ばすことができる大切な食料です。しかし、彼女はエリヤとエリヤを導かれた神の言葉に従いました。すると、驚くべきことが起こりました。エリヤが告げた神の言葉通り、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えなかった(16節)のです。

エリヤとやもめ家族を救い、養われた神は私たちの神です。私たちはエリヤと同じ神を信じ、礼拝しているのです。そして現代を生きる私たちも、生きておられる神を体験することができます。それはエリヤたちのように、神の言葉を聞き(読み)、従い(実行し)、祈り求める時、体験できるのです。「私たちの神は生きておられます」この告白が、あなたの実体験からの告白でありますように。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。
今週のお花は、あじさい、オリエンタルユリ(バカルディ)、アルストロメリア(プライズメイト)、スターチス、トルコキキョウです。

礼拝の後、愛さん会(美味しく、楽しいランチタイム)があります。
今週のメニューは、高菜の混ぜご飯、野菜と卵のお吸い物です。この日は午後からイースターまつりがあったため、ササッと食べられるように、パック詰めのランチでした。パック詰めでも、内容に手抜きはありません!
料金は大人250円、中学生150円、小学生100円、小学生未満は無料です。初めての方も無料です。

 

 

 

 

 

2018年4月15日 主日礼拝メッセージ

「主の目がそそがれる者」  詩篇33篇1節~22節  金田洋介牧師

賛美されるべき神の偉大さ、素晴らしさを歌った33篇から、神が如何なるお方かを知り、この神の前に如何にあるべきかを学びたいと思います。

 1.神は全ての創造主である
もろもろの天は主のみことばによって造られ、天の万軍は主の口の息によって造られた。(6節)とありますように、神は全てを造られた創造主であり、秩序を持って支配しておられるお方です。「すべて神がなさる事は永遠に変わることがなく、これに加えることも、これから取ることもできない。神がこのようにされるのは、人々が神の前に恐れを持つようになるためである(伝道者の書3章14節)。

2.神は全ての支配者である
支配者というのは、全てのことが神の御心によって導かれているということです。『人の心には多くの計画がある。しかしただ主の、み旨だけが堅く立つ(箴言19章21節)』のです。

3.神は全てを見通されるお方である
『主は天から見おろされ、すべての人の子らを見、そのおられる所から地に住む全ての人をながめられる』とありますように、真実であられる神は全て見通しておられるのです。神は侮られるようなお方ではありません(ガラテヤ人への手紙6章7節)とあり、また、「神のみまえには、あらわでない被造物はひとつもなく、すべてのものは、神の目には裸であり、あらわにされているのである(ヘブル人への手紙4章13節)。」

4.主なる神の目が注がれる者とは
偉大な神を明らかにし、さらに重要なことを示します。『見よ、主の目は主を恐れる者の上にあり、そのいつくしみを望む者の上にある(18節)』。主の目が注がれる者、すなわち神の大いなる御力と恵みに与ることができる「主を畏れる者、いつくしみを望む者」とはどういうことでしょうか。それは、神こそが創造主であり、支配者であり、全知全能の神であることを信じ認め、このお方に一切を明け渡した人。そして、このお方から注がれる「絶えることも、尽きることもない(哀歌3章22節)」豊かな神の慈しみ(恵み)を、切に期待して望む人のことです。神は、この神の御言葉であり神の御心を行う者にご自身の力を現されるのです。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。
今週のお花は、ギンバ(銀葉)さざなみ、トルコキキョウ、オリエンタルユリです。

礼拝の後、ほぼ毎週愛さん会(美味しく、楽しいランチタイム)があります。
今週のメニューは、炊き込みご飯、わかめと玉ねぎのお吸い物です。
料金は大人250円、中学生150円、小学生100円、小学生未満は無料です。また、初めての方も無料です。

2018年4月8日 主日礼拝メッセージ

「キリストの愛我に迫れり」 ヨハネ21章15~19  金田洋介牧師

復活された イエスは、ガリラヤ湖畔で弟子たちの前に現れ、彼らと食事を共にしました。食事の後、イエスはペテロに「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、私を愛するか」と尋ねられました。イエスの十字架以前のペテロであれば「もちろんです」と自信満々で答えたでしょう。十二弟子のリーダー的存在であったペテロは、最後の晩餐において、「あなたのためには命も捨てます( ヨハネ13章3節)。」と 豪語していました。ところが、自分の身の危険が及ぶと、あっさりとイエスを裏切り、逃げてしまいました。その後、捕らえられたイエスを追い、裁判の行われている所にやってきたペテロは、そこにいた人々にイエスとの関わりを疑われると、「そんな人は知らない」と三度もイエスを否定したのです。このペテロの否認は、すでにイエスによって預言されていました。彼はイエスの言葉を思い出し、激しく泣き崩れたのでした。この大きな失敗から、今さら「誰よりも愛しています」などとは言えません。それでも彼は、イエスに対する愛に偽りがないことを表すために、「わたしがあなたを愛することは、あなたがご存知です」と答えました。このやり取りは三度続きました。ペテロがイエスを否定した回数と同じです。これは①イエス自身の痛みをペテロが知るため、 ②イエスへの愛をペテロ自身が確認し、 ③愛を告白することを通して彼が立ち直るためだったのです。イエスはペテロの失敗を許され、彼に「神を信じる者たちの信仰を養い、育て、牧する使命を託されました。ペテロは愛するイエスの命令に命を懸けて応答したのです。

イエスは「あなたは私を愛するか」と尋ねておられます。あなたもペテロのように、イエスの愛に応えるどころか、裏切り、失望させることがあるかもしれません。しかし、あなたが何度失敗しようとも、あなたに対するイエスの愛は変わりません。自らの命を捨て、神に捨てられてまで私たちを救ってくださったイエスの愛を素直に受け取ろうではありませんか。イエスの愛を我がものとする時、イエスの愛への感謝と応答が具体的な形で、私達の普段の生活に現れて行くのです。

熊本真愛教会では、毎週講壇にお花が活けられています。
今週のお花は、オリエンタルユリ、ププレニュウム、デルフィニュウム、スプレーカーネーションです。

礼拝の後、愛さん会を持っています。美味しく、楽しいランチタイムです。
今日のメニューは、カレーライス、鮮やか野菜の浅漬け、です。料金は大人250円、中学生150円、小学生100円、小学生未満は無料。初めての方も、無料です。(^_-)-☆