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2020年4月5日 「父よ。わが霊を御手にゆだねます」 ルカ23:44-46


本日はイエス様の十字架上の7つの言葉のうち、
最後の言葉がテーマです。

44節 「全地が暗くなって」とは、単なる自然現象では
ありません。イエス様は私たちの罪の身代わりに
神から裁かれ拒絶されたのです。「世を照らす光」
であるイエス様をこの地上から取り去られると、暗黒が
世を覆うことを物語ります。

45節 「神殿の幕は真っ二つに裂けた」 とは、神と
人との交わりを遮断していた「人間の罪」という幕が、
イエス様によって取り除かれたことを意味します。
 それゆえ、イエス様を信じる者は、だれでも恐れる
ことなく、神様の前に立ち、ありのままの姿で神様と
お交わり出来るようになりました。
 
46節 「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」 
 イエス様は十字架上で最後の言葉を大声で叫ばれ
ました。旧約聖書の詩篇31:5「私の霊を御手に
ゆだねます。真実の神、主よ。あなたは私を贖い出して
くださいました。」の引用です。

 これはユダヤで親が子どもに教える最初の祈りです。
子どもが夜寝るとき、神様にお祈りするよう教えられ、
自分のいのちを父なる神様におまかせし安心して眠り
ました。イエス様は子どもの時から毎晩お祈りされた
この祈りをもって地上生涯を全うされたのです。
 この時、イエス様は父なる神様のとの交わりが回復し、
平安が再び心に戻って来ていたのです。
 「ゆだねる」とは「全面的な信頼」を表わします。
相手を全面的に信頼して、飛び込んでいくことです。

 ここで各自自分の心に問いかけて頂きたい。本当に
自分は神に自分を委ねているだろうか? ありのまま・
そっくりすべてを主の御手にゆだねる・・・その前に、
ありのままの私は神の御言葉に耳を傾けねばなりません。
 ありのままの私は神様から始まるからです。そのため
には暗黒のような静けさが必要です。神の前に飾らない
自分で、静まる時が必要です。特に昨今のコロナ感染
問題のような時は特に大事です。

「こう言って、息を引き取られた」(46節) イエス様は
ご自分で息を引き取られたのではない。誰が息を「引き
取られた」のでしょう?それは神様なのです。これは
現代の私たち人一人もそうです。神はいのちの息を与え、
また引き取られる方だからです。

 本当に自分は神様の前に真実だろうか?自分の
良心が傷み、悔い改めるべきことが分かっていながら、
それを自分の手もとに残していないだろうか。自分の
すべてを主の御手に委ね、心の最も良い場所に神様を
お迎えしましょう。

 本当のありのままの私は神様と共に生きる自分です。
へりくだった思いで神様の前に進み出る時に、神様が
私たちを砕いて下さいます。その時から神様が自分の
内側に生きて下さいます。そこに自分の思い・古い自分
を超えた自由があります。世の中が不安に思うことや
デマに支配されることはないのです。

 ぜひ神様からはじまる新しい自分を受け取って頂きたい。