忍耐ある祈り手になろう~週報より~
聖書の中に信仰の偉人は多く存在します。
初代教会を建て上げたペテロやパウロは当時本人達は必死に働いていたでしょうから自覚はないかも知れませんが聖書を通して彼らの生き様や信仰の姿勢を知ることが出来る私たちから見ると本当にすごい人物であったと知ることが出来ます。
私たちは祈りにおいてどれだけ結果が出るまで忍耐して祈ることが出来るでしょうか?
同じことを祈り続けるのは本当に忍耐が必要です。
時に祈ることをやめてしまったり意識の外にしてしまっていたり、
同じ物事や同じ人のために毎日継続して何年も祈ることは忍耐が必要なことと同時に形式的にならず信じて祈り続けることは私たちの信仰生活を生きたものとするため、
また成熟させていくためにとても大切なことです。
聖書の祈りに関する記述を見ると瞬時に応えられる箇所も確かにありますが
数年から10年とか時に何十年も祈り続けている箇所もあります。
神様に希望を持って祈り抜くというのは結果が出るまで信じて祈り続けることであると同時に神様を信頼し続けることです。
そこにはまさに信仰の戦いがあります。
出エジプトの記述で祈りの手をあげるモーセの手を支える箇所があります。
祈りの手をあげ続けるには支えが時として必要であったり、
上げ続ける決断をする必要があったりします。
信仰は感情ではなく決断であり決断がある時に必要な助けが主から与えられる事、
また継続する力が神様から与えられることを知りましょう。
神様が一人一人の人生に新しい恵みを注いで下さるよう、また新しいステップへと導いて下さることを期待して祈り続けていきましょう!