聖霊の沈黙と導き~へブル9;14

 イエス様の生涯を思い起こす時にその誕生は聖霊によってマリヤが身籠もるところから地上での生涯が始まります。そして公生涯に入られる前にバプテスマのヨハネから洗礼を受けられた際には聖霊が鳩のようにくだって来られました。そこから聖霊によって荒野に導かれます。
 公生涯の中でも聖霊によって癒やし、奇蹟をなされ悪霊を追い出されました。そのような奇蹟的な御業にフォーカスしがちですが聖霊様によるのでなければ、だれもイエスは主ですと言うことはできませんとIコリント12章3節には記されています。イエス様を救い主として信じて告白するということに聖霊様は深く関わっておられます。また私たち自身を助け、導いてくださる方でもあります。
 しかしはっきりと導きを確信出来る時と出来ない時があると思います。聖書を注意深く読むならばイエス様ご自身がゲッセマネの園において苦悶して祈っておられる時、聖霊様が沈黙の中でも力強く伴っていてくださったことがへブル9章などから分かります。
 ひとりひとりの信仰の歩みや確信の持ち方、特に表現の仕方には大きな違いがあります。他の人と比べて大きな証があるとかないとか、上手に表現できるできないではなく、確かに力を与え、導きを与え、助けてくださっている聖霊様にしっかりとフォーカスして人生の軸を決して揺るぐことのない主に土台を置く者とされていきましょう。

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