心の動機を見られる御方~マタイ12:31-32

 イエス様がパリサイ人と議論されていた聖霊に逆らうことばを言う罪は決して赦されない語られたことがあります。しかも新しい世においても赦されないとまで語られました。すべての罪を赦すために来られたイエス様がこのような発言をされた背景にはなにがあるのでしょうか?
 イエス様が多くのしるしや奇蹟、癒やしの御業をなさり、福音を伝えておられた時にイエス様が悪霊によってそのことをしているのだと批判した背景があります。イエス様を預言者として、とか救い主なのかを聖書から吟味するということをせずに安易な結論を出しました。心の動機が非常に悪かったのです。しかしとても大きな恐れにつながる聖書箇所でもあります。聖霊を汚す罪だけは赦されないとなると一体具体的にそれはどんなものなのか?自分も犯してないか?と恐れを覚えることもあるでしょう。
 まずイエス様を主と告白するためには聖霊によらなければできないとローマ10:10に書かれています。つまりイエス様を冒涜しながら聖霊様によってイエス様を主と告白できない状態にあるということ。そのような状態は救われる状態ではないことがあります。さらにパリサイ人は新しい世、つまり肉体の死の後の永遠のいのちを信じていました。そこに対して必要な救い主にフォーカスさせるためにも彼らの信じているものに対して問いかける意味でもそのように厳しく言われました。

ヤコブ5章にあるように真理から迷い出す者がいて、その人を連れ戻すなら罪人のたましいを死から救い出し、多くの罪を覆うことになると記されている通りです。主の前にきよい心で出ていきましょう。

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