忍耐と励ましからくる一致~ローマ15:1-6

聖書には「愛」「救い」「勝利」「いのち」などいろんなテーマでの物事が深く掘り下げて多くの時代の中から多くの筆者を神様が用いて記されています。受け入れやすいテーマもあれば受け入れにくいテーマもあります。その中に「忍耐」というものも含まれるのではないでしょうか。忍耐するよりも自分の望むものが簡単に手に入ることに慣れてしまうと楽なようですが感謝もなくなってきます。野菜を育てたり、お肉を食べるために育てるところから関わったり知っていると食材を大切に扱う心が備わるでしょう。料理の手間を知っているならば自分の好みにちょっと合うとか合わないで大量に捨ててしまうようなことも出来るだけしないようになっていくはずです。なんとかするその一手間を考えずに行動するのはもったいないことです。その前提として存在するのが忍耐です。忍耐が最初から備わっている方は本当に少ないと思います。いろんな経験をする中で少しづつ忍耐が備わっていくのです。またあるカテゴリーの中のものについては忍耐があるという場合もあるでしょう。私たちは人生の中で難しい物事を通りたくないと誰しも思うかも知れませんがその中でこそ人生の中で大切な宝となる「忍耐」そしてそこから来る品性と希望に繋がる道があります。すべてに感謝し神様がすべてのことを益としてくださることを信じて受け止め、また時としては脱出の道を備えてくださる主に忍耐を持って期待していきましょう。 [Read more...]

信仰によっての行い~ローマ14:22-23

 相手への配慮で自分の行動を制限するような場合があります。その土台に愛があればそれは素晴らしいものです。文化的に相反するような習慣がある人々が集まる時にこの配慮にも限界が訪れます。聖書には肉をどのように扱うかということを例にあげてそれぞれの信仰によって行うならばそれはどちらも問題ないということがらが書かれています。当時のエルサレムにおいても多様性がありましたが移動手段が発達し、通信手段も多様になった現代においてこの問題をどのように扱うかということもかなり受け入れ合いやすい土壌になっていると思います。それは多くの文化の違いをより理解しやすいことから自分の当たり前が他の人の当たり前ではないということを多くの方が理解するようになっているからです。ですから周りの人の表面的な習慣などの違いでつまずくということが減ってきたと思います。聖書を土台として考えるならばお互いの違いを受け入れ合い、繋がり合うことで教会がキリストの体として建て上げられていくことを理解することが可能になります。しかしちょっとした信仰のスタンスの違いが気になってしまうこともあるでしょう。そのような時にこそ聖書に立ち返り、精査し、神の家族としてひとつとされていくように整えられるように励みたいものです。私たちの習慣、行いが信仰を土台として建て上げ、そして自らも良いと認めることを神様の前にも人々の前にも行う者とされていきましょう。 [Read more...]

すべての人の主~ローマ14:5-9

キリストの救いは完全なものです。ローマ14章を見る時にイエス・キリストの十字架と復活、この死と復活を通して生きている人にとっても死んだ人に対しても主となられたとあります。またパウロの死生観として生きるなら主のために生き、もし死ぬのなら、主のために死ぬということばがあります。自分のために人生を歩むのではなく神様とともに歩む人生はそのような価値観での歩みがあります。つまり神様によって創られたその目的に従って歩むこと。そして主の道とその備えに期待するという信頼に基づいた歩みです。私たちは周りと比べて豊かだと思ったり貧しいと思ったりしやすいものですがその比べる心は神様の前に貧しいと気がつく必要があります。そして主にあって満ち足りるということを知っていくと状況によって左右されない平安ということが理解出来てきます。イエス・キリストにあって私たちの罪が赦されて神の子とされ、そしてこの地上においても主とともに歩むことが出来る特権が与えられるということをしっかりと確信して歩むならば感情的に落ち込むことがあってもまた立ち上がることが出来ます。主にあって歩む人生の歩みを共に力強く歩んでいきましょう。 [Read more...]