裁きと救いの行間~週報より~

神様は私たちに自由意思をお与えになりました。そしてその上で御自身と近い交わりをすることを喜ばれていました。エデンの園でアダムとエバはすべての生き物に名前と付け、それらを治める存在として神様から権威を頂いていました。しかしそこに悪魔の惑わし、誘惑から最初の罪が入り、人は裁かれなければならない存在になってしまいます。ここからキリストの十字架と復活、信仰による救い、すなわち福音の計画は始まります。本来裁かれるべき者を赦すための神様の犠牲を伴うご計画があったのです。その根底にあるのは私たちへの深い深い愛です。神様は私たちをロボットのようにではなく自分で選ぶ権利も与えた上で救いを提供して下さっているのです。ここに神様が私たちとの関係を喜ばれる方であることが分かります。私たちは義務的にではなく、喜びを持って神様に近づく権利が与えられているのです。それは恐れや損得勘定をもってつかず離れず権力者に群がる取り巻きのような関係ではありません。もっと親しい利害を超えた関係です。私たちの救いのためにどれほどの犠牲をイエス様が払って下さったかを見ればその価値が分かります。私たちはそれに見合うお返しは決して出来ません。ただ私たちが喜んでそれを受け取ることを待っておられるだけです。神様が望んでおられるのは私たちの心からの応答だけです。神様の愛をもっともっと深く知り、体験し、そしてその愛に飛び込んでいきましょう。その深さ、広さ、高さを味わい知るものになっていきましょう。

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