神にある自由人~Iペテロ2:16

【自由】ということばからどのようなことを思い浮かべるでしょうか?
 私たちは自由だと思いつつもなにかに束縛されていたり、また自由でないと思いつつ自分で選択していたりと受け止め方次第で自由にでも不自由にもなることばです。朝何時に起きてなにをするかということもスケジュールが決まっていたりして自由でないと思うかも知れませんがその物事をするかしないかという自由はあります。しかししなかったことによって生じる様々な結果も受け取ることになります。そうして見ると不自由に感じるかも知れませんが主にあって自由にされる。ということは罪から解放されるということがあります。罪の性質として習慣化されて気がつかなくなるほど依存性の高いものであったりすることもあります。そしてなによりも自分自身の中で自分を責めている自分がいたり、いいわけをしている自分を発見することがあります。そのような痛みや弱さから私たちはただ主の憐れみによって解放され、自由とされていきたいと願います。
誰かに言われたからということも時にはあるでしょう。しかし、私たちはみことばから直接、また神様から直接確信を持って受け止め、自由とされていく決断を日々していきましょう。そうしていく時に本当に大切なものはなにかということも見えてきます。自分自身をきよい信仰の上に建て上げ、そしてすべての人間関係のうえにも神にあって自由にされた者として主の愛を持って関わっていきましょう。

Follow me!