終わりへの希望~黙示録21:1-5
私たちは「終わり」という言葉に、どこか寂しさや恐れを抱きがちです。時代の移り変わりや人生の節目、あるいは世界の混迷を前にするとき、私たちの心には不安がよぎるかもしれません。しかし、聖書が告げる「終わり」は、破滅や絶望の結末ではありません。
それは、神さまによる大いなる「完成」と「新しい始まり」の約束です。ヨハネの黙示録21章1節から5節には、素晴らしい終わりの光景が描かれています。「見よ、神の幕屋が人とともにある、神は人々と共に住み、人々は神の民となる。」そこでは、もはや死もなく、悲しみも嘆きも労苦もありません。神さま自らが私たちの目から涙をことごとく拭い去ってくださるというのです。
そして御座に座る方は、「見よ、わたしはすべてを新しくする」と宣言されます。キリスト教の希望は、この輝かしいゴールへと向かっています。歴史の終着点には、裁きや恐怖ではなく、神さまとの完全な交わりと、尽きることのない慰めが待っているのです。この「終わりへの希望」があるからこそ、私たちは今、目の前にある困難や痛みに立ち向かうことができます。
私たちの歩みは、ただ終わりへと向かって消え去るものではありません。やがて訪れる新しい天と地、神さまの愛の完成へと向かう途上にあります。この確かな約束を胸に、今日も互いに励まし合い、喜びと平安をもって一歩を踏み出していきましょう。

