みことばが与えられている喜び~IIテモテ3:14-17
情報があふれ、何が正しいのかを見失いそうになる現代社会において、変わることのない神のみことばが与えられていることは、私たちの歩みを照らす特別な恵みです。
IIテモテ3章14節から17節で、パウロは若い宣教者テモテに対し、自分が学んで確信したことに留まるよう勧めました。ここで語られている「聖書」は、単なる知識の書物ではありません。すべての聖書は神の霊感によるものであり、私たちを教え、戒め、正し、義の訓練を施すために有益であると記されています。
つまり、みことばは生きて動いており、私たちの内側に深く語りかけ、神の愛へと立ち返らせてくれる力を持っています。
日々の歩みの中で聖書を開くとき、私たちは孤独ではありません。神の温かい眼差しと、確かな導きがそこにあるからです。時には自分の弱さや過ちを「戒められ、正される」こともあるでしょう。しかし、それさえも神が私たちを愛し、より豊かな人生へと導くための「整え」のプロセスなのです。みことばによって養われるとき、私たちはどのような状況にあっても揺るがされない真の平安と、内側からあふれる喜びを体験します。
みことばは、私たちを「あらゆる良いわざを行うにふさわしい、完全な者」へと育て上げます。この素晴らしいみことばが今日も私たちに与えられている喜びを胸に、主の愛を周囲へと分かち合いながら、一歩一歩力強く歩んでいきましょう。

