2014年度初活動!

新年度になって初の清掃活動!初回は12名参加で桜の花が咲き誇る三角公園へ 吸い殻や缶ビールの空き缶などが目立った。 暖かくなって行楽にいく機会が増えると思いますが 心と体をリフレッシュして、景観もきれいに次に来る方が気持ちいい状態にして帰るように心がけましょう。心も街も美しく  

週報より~主から来る召し

信仰による救いとはキリスト教の根本です。行いや修行による救いであればなんらかの事情で行いをすることが出来ない方は救われないということになってしまいますが、神様は健康な方も障害などを持っている方も、分け隔てなく愛し、そして救いたいと願っておられる方です。そして救いからさらに進んで神様のためにもっとなにかしたい。神様の愛に応えたいという思いから献身したいと願う方もおられるでしょう。ややこしいことばでいうと召命(しょうめい)ということばでもこの献身はあらわせます。献身というと自分から進んでという能動的意味合いが強いですが召命は神様によって召されるという受動的な意味合いが強くなります。一言でこの「召し」ということを掘り下げようとする時にこの両面をしっかりとバランスよく認識していくことの大切さを発見します。もし私たちが自分勝手にやっているのであればそれは自分勝手であったり人間的な働きであったりいいことをしているという自己満足で終わってしまうかも知れません。またその逆に神様が一方的に本人の意志を無視して召しているのであればそれも信仰の本質から外れてしまいます。権力によらず、能力によらず、私の霊によってとゼカリヤ書で記されているように神様の召しは私たちの権力や能力などの環境的な要因で与えられているものよりも内面的なものを神様の霊によって行われるべきものであることが分かります。つまり私たちの権威や能力や経済力ではなく信仰によってその献身の歩みは成り立つということです。しかし現実問題として働きの中で様々な必要を感じ自分で本当によかったのかと疑問を感じることもあるでしょう。そういった壁に当たる時にこそ神様に信頼していきましょう。召して下さる方は主の時に、その働きを全うして下さる御方だからです。そして召しとは牧師や宣教師だけのものではなく信じる人すべてに当てはめることが出来ます。その家庭や地域、あらゆるコミュニティの中で世の光、地の塩としてイエス様と共に歩んでいきましょう。 [Read more...]

11月JGT

こんばんは、いろいろ新しい試みの詰まった11月JGT終わりました。 いろいろやりすぎて牧師は崩壊気味?でしたが周りのサポートで乗り越えることができて感謝です。 メトロノーム聞きつつギターやってボーカルやるっていうのは思っていた以上に大変ですねぇ 練習でできていても本番ではなかなかできないものですね 一個勉強です^^ でもプロはそういうのもこなすのですからすごいですね~ 片耳を痛めている私には難しい芸当です。 はじめてオリジナルの曲ばかりでやった思い出深い集会になりましたけどね^^ 会場にも初めてこられた方がすごい多く 一時はほぼ満席になる場面もありました。 出入りが激しかったですが 受付をしてくれていたNoeから見た感じは「聞けてよかったね^^」って感じで途中で出ていかれる方もいい感じだったとのこと しっかり福音の種まきができたようでうれしいです。 歌詞の一語一句から聖書のエッセンスをくみ取って頂けたら本当に感謝ですね~ 今後の展開を祈って備えていきたいですね! スタッフのみなさんヘルプのみなさん本当にお疲れ様でした^^ [Read more...]