週報より~日常の延長にある善~

一般的に良いとされる行いは多くあります。すぐに思いつくものとしてはボランティア活動でしょう。それをするために時間やお金などの犠牲を払ってするという姿勢は素晴らしいことだと思います。事実そういった働きで復興支援や海外支援、またもっと身近な快適な生活など多くの働きが支えられています。
しかしそういったボランティアをいくらしたくても自分の生活や仕事のすべてを投げうってするというのはよほどの資産家ではないと不可能でしょう。まず自分の生活が最低限成り立ってこその助ける働きだからです。聖書ではまず自分で働いて生活をして、そして教会として善い働きを続けていくことを記しています。それぞれ個人では出来ないことでも、チームとしてお金や時間を共有することで大きな働きをすることが出来るからです。事実世界中の教会が素晴らしい働きを展開しています。それらの働きは個人ですることは到底不可能なことに思えるような働きです。しかしそういった働きを教会として共有し進めていく時に達成可能になることもあるのです。教会はキリストの体として聖書で書かれています。頭だけではなにも出来ないし体だけでもなにをしていいのか分かりません。しっかりと体と頭はつながっていないと機能出来ないのと同じように教会につながるひとりひとりがキリストとしっかりとつながり、その心にイエス様の愛、そして想いを沸き上がらせ、共有し、祈り前進していく必要があります。主にあってつながり合い、ビジョンに燃やされて進んでいきましょう。

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