ゲッセマネに見る信仰

もうすぐイエス・キリストの復活を祝うイースターです。最近ではスーパーでもイースター仕様のお菓子なども見かけるようになってきました。このイエス様の復活の前になにがあったのか。それは十字架の死であり、その死は私たちの罪の贖いという神様の愛と義のあらわれです。そしてイエス様は神であると共に人としても歩んで下さいました。捕えられる前のゲッセマネの園での祈りがそのことを物語っていると共に、私たちが悩み、苦しむ時にどうすべきかという模範を見ることが出来ます。祈りで神に向かうこと、信頼出来る友に助けを求めること、主の最善を成して下さる方であると認めること、そして神を信頼し、神のご計画と目的に委ねることです。私たちは助けを求める、また解決を求めることは多くても、困難の中に主のご計画と目的を見いだすということはとても難しいことです。困難はないほうがいいですし試練もないほうがいいと思うことはごく自然なことです。しかし聖書を見るならばその険しい道を信仰と忍耐によって通り抜けた器を神様がどのように用いられたかを見ることが出来ます。試練自体よりも試練に対してどのように対処していくかという事がとても大切であると分かります。私たちは信仰の創始者であり、完成者であるイエス様から目を離さないようにとみことばにあるように、イエス様が私たちのために神様の御心に従って十字架への道を歩んで下さったように困難の中においても尚も打ち勝つ者とされていきたいですね。主は心砕かれた、遜った器を用いて偉大な御業を行われます。

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