週報より

人生の中で思いがけない誤解や中傷を受けることもあると思います。そういった時に、なぜそのようなことになっているのかまず自分自身を吟味する必用があります。今日の聖書箇所にはキリスト者として苦しみを受けるなら恥じることはありません。とあります。しかし同時に悪を行ったり、犯罪を犯していたり、みだりに他人に干渉することによって苦しみを受けることとの明確な区別があります。前半は比較的ハードルが低いですが問題はみだりに他人に干渉することです。親切も度が過ぎるとおせっかいになってしまい相手を不愉快にしてしまったり、迷惑をかけていることが分からない状態でいることもあるでしょう。そういったことを恐れるあまり周囲の人々に無関心になってしまうこともまた聖書から逸脱した状態です。ここではバランス感覚が本当に大切です。相手と自分との関係をしっかりと把握すると共に状況をよく考える必用があります。山の中で交通事故があったりしたらそこに偶然居合わせただけでもしっかりと関わる必用があるでしょう。しかしもうしっかりと対処がされていたらそこまで立ち入ったことをする必要はなくなります。相手の年齢によってもだいぶ対応は変わってきます。イエス様が多くの人々の必要を見極め、その人が自分の足でしっかり立って歩めるように導かれたように、私たちも支えになれる器になっていきたいですね^^

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