週報より

昔からうわさ話はいろんな尾ひれがついて広まるものです。それがインターネットが普及している現代でも人の心は同じで近所だけでは終わらない世界とつながっているネットを媒体に様々な憶測や誹謗中傷を目にします。そこには裁判になったらどうするつもりなんだろうかと逆に心配してしまうようなものまで存在します。聖書には隣人を愛するよう書かれていると同時に惑わす者、反キリストとは関わらないように警告を与えています。現代でいうと異端問題が大きく挙げられると思いますが、全く関わらないのならそこから救出したり、また伝えることは不可能になるでしょう。それぞれが置かれている状況や人間関係、知識、経験などで実際的には全く違った行動や結果になります。人間同士の関わりである以上そういったやりとりには配慮が本当に重要になります。しかしそういったやりとりの中で経過を知らない人がぱっと見ると誤解が生じたり混乱が起こったり0.するわけです。異端問題とかいう大きな問題でなくともそういったちょっとした親切や配慮からくる誤解とか間違った認識というのはいくらでも起こります。そして尾ひれがついて広がっていくのです。ある意味火のないところにも煙が立つわけです。人の目を気にしないと言えばそれだけですがそれにも限度があるでしょう。そこで柱となるのが人の目よりも神様の目を気にしておく。という思いでしょう。人はその場その場で都合の良いことを言ってしまいがちですが、神様はそういった流される思いで私たちを軽率にどうこう言われることはありません。神様をしっかり信頼し、共に歩んでいるんだという思いをしっかり持つことでまず自分自身安定することが出来ます。そして人とのつながりも大切にしていきましょう。

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