ふたつの方向性から愛を見る

愛にはふたつの方向性があると思います。それは肯定的に愛しているから○○するという方向性と愛しているから○○しないという否定的な方向性。このふたつはどちらも根の部分は愛だけど後者の否定的な方向性はなかなか印象に残りにくいことが多いと思います。例えば記念日にプレゼントを買ってくるというのは印象に残りやすい肯定的なアプローチになりますが記念日を忘れないという否定的なアプローチは当たり前ととられがちだからです。しかし私たちにとってそれぞれ肯定的な方向性と否定的な方向性の内容によって簡単にできる場合と困難な場合が混在していてひとぞれぞれ内容も違います。神様は私たちに愛を表し、裁くべきことを愛故に赦して下さったりしていますがそのことが印象に残りやすい人と残りにくい人がいるのも確かです。しなくて当然と当たり前にとらえるのは否定的方向性、こんなにしてくれたのだというのは肯定的方向性の受け止め方だと思います。多く赦された者は多く愛するようになると聖書にありますがそれは事の大小がその人にとってどれだけ肯定的に深く受け止めることが出来ていたかという心の部分で決まってきます。神様はイエス・キリストの十字架という肯定的なかたちで愛を表してくださいました。私たちはそのことをどのように受け止めているでしょうか?はじめの愛から離れないためにどのように神様の愛を日々感じ、その愛に生かされ、その愛に留まり、そしてその愛に応えていってるでしょうか。神様の愛を日々新鮮に受け止め、与えられている状況の中でも主にあって希望を見いだすことの出来る者となりましょう。