みことばにとどまる信仰~ヘブル10:36-39

アドベントおめでとうございます。イエス・キリストの誕生を一年の中で最も覚える季節を迎えました。私たちの罪を赦すためにこの地に来てくださったイエス・キリストの恵みと神様の愛の大きさをより感じていきましょう。
 救い主が来られることは旧約聖書の中でとても大切なテーマのひとつです。しかし、救い主が来られると言われ続ける中でイスラエルの民は捕囚されたり、またローマの統治を受けるなど多くの民族的困難を通りました。語れていた預言のことばを疑ったり、信じられなくなったりする人たちも当然出てきました。そのような状況の中においてもなお信仰の火を絶やすことなく歩むというのは並大抵のことではなかったでしょう。
 事実として旧約聖書の最後の書簡であるマラキ書が預言者マラキによって記されてから400年以上もの空白期間を経て、イエス・キリストの誕生を迎えたのです。
 この何世代にも渡る神様のみことばの実現に備えてどれほどみことばを信じてその中にとどまることが大切かということが分かります。信じて待ち続ける中で常に希望の火、信仰の火をイスラエルの民は灯し続けました。約束が見えない時、主の声が聞こえない時にこそ信仰が試されました。そして約束の時を迎えることが出来た時にどれほどの喜びがあったことでしょうか。イエス・キリストの誕生は本当に低いところで起こり、そして一部の人達にしか実際的には知らせられませんでした。しかし、その約束は成就し、今では遠い国々に至るまで宣べ伝えられています。主に期待し、信頼してみことばにとどまり、信仰の火を灯していきましょう。

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