憐れみに満ちた御霊の力~マタイ12:11-21

 イエス様の公生涯を見る時に旧約聖書に記されているみことばがどのように成就していっているのかを見出していくことが出来ます。それは律法をどのように理解し、行動していくかという具体的なところにも現されています。
 マタイ12章において安息日に関する論争が起こりますがその中で安息日に祭司達が宮において仕えていることなどから安息日における原則的な考え方を示されました。それは望んでいない状況で食べ物が食べられなかった時に安息日に食べ物を食べるために作業したり、取って食べてはいけないと言われていたものをダビデ達が食べたことなどからいのちを優先すること、そして安息日とは神様を礼拝し、神様の前に休む日です。
 そして神様の御心は憐れみを好むとマタイ12:7にあるように癒やし、解放、慰めを受けることであることが分かります。まさにそのような前提に立ってイエス様は弟子達を守られました。そして人々を癒やし、解放されました。
 しかし、戒律的な律法理解に立ち、その物差しで測ろうとしていたパリサイ人達は議論よりもイエス様のことを滅ぼそうと企てるようになりました。その中にある自己中心的な罪は時として私たちの中にも出てくる可能性があるものです。みことばの原則に立ち、御霊に満たされて、主の心を意識しながら共に建てあげられていきましょう。

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