沈んだ心を燃やす御方~ルカ24:27-31
イエス様の復活の後、弟子達は様々なかたちでイエス様と出会い、心燃やされるような出来事を体験していきます。そのひとつとして有名なエマオの途上で二人の弟子達が主と共に歩きながら語り合う出来事があります。
このストーリーの最後に宿で共に食事をする時にイエス様がパンを裂かれた時に彼らの目が開かれ、道々話していたときも心が燃えていたと沈んでいた心に火が灯り、大胆にも日が暮れている中をエルサレムに戻っていくという行動を起こしました。
この変化は知識としては知っていたけどもどこまで信じていいか悩んでいた心、人間的な常識であり得ないと思っていた心、今まで信じていたものはなんだったのかという失望感など様々な沈みきった思いを奮い立たせ、もう一度信仰の火を灯す結果となりました。主はご自身がどのようにして十字架への道を歩まれるのか、またそのことにどのような意味があるのかを聖書から解き明かされたことが読み取れます。
しかし、イエス様のことを理解するためには聖霊様の助けが必要です。主を知ること、主を信じることは聖霊様の助けによることです。そして主にあって燃やされていく時、超自然的に働かれる主の御業、主の方法を受け止め、理解し、従うことが出来るように変えられます。聖霊様の助けを受けてさらに主を体験的に知る者へと変えられていきましょう。

