心の目を開かれる主~ルカ24:44-48

 神様は聖書が書かれる長い期間を通じて、一環して救い主としてイエス様がどのような道を歩まれるのか?ということを実に多くの著者を通して記されました。その過程の中に神、罪、そして律法、救いがあります。
 それらの事を知っていたとしても、実際にそれらのことが起こったイエス様の十字架、復活という大きな出来事の中で人々は混乱したり、意気消沈したりしていました。イエス様はそのような中で弟子達の心の目を開かれ、感情的な慰めや励ましだけでなく、聖書を悟るという知的なアプローチを霊的になさいました。そして単に耳に心地よい話ではなく、罪の赦しを得させる悔い改めが宣教の土台であり核心であることを示されます。
 そしてその上で聖霊のバプテスマを受ける前の弟子達に対して復活の主の証人としてのアイデンティティを与えられました。そこに召命があります。そしてみことばを現実的に体験することで整えられた土台を築かれたのです。
 ひとりひとりが主にあって生かされ、救われていることには大きな意味があります。私たちの心の目が主によって開かれる時、そこにかけがえのない私たちの思いをはるかに越えた神様の御心があり、道があることを見出すことが出来ます。みことばに親しみ、主からのことばを受け取っていきましょう。

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