週報より

「生き甲斐」ということばから何を連想しますか?人によって様々な答えが出てくると思います。しかしその生き甲斐のために本当に命をかけれますか?と質問した場合YESと答えることが出来る人がどれほどおられるでしょうか?多くの場合、生き甲斐だと思っていることは日々の生活の中での小さな喜びというケースがほとんどで自分の存在意義であり、すべての情熱を注ぎ込んでいけるものであるケースは少数になると思います。旧約の予言者達は本当に主によって予言している人物もいれば、人の耳に心地よいことばだけを語る偽予言者もいました。時として本当に主によって語ったがために命を落とす予言者もいました。エレミヤ書26章に出てくるウリヤがまさにそういう最後をとげました。同じように語っていたエレミヤは助かり、ウリヤは王によって殺害されてしまったのです。しかしそれであっても彼の生涯には神様を信じて従い通していく歩みがあったと思います。また地上の生涯を残念な結末で終えたとしても、きっと天において大きな報いを受けたことでしょう。人がいつ生まれ、いつ死ぬのかはまさに神様の御手の中にあることでどうしてこの人は助かったのにこの人は~あれこれ詮索しても答えはでないでしょう。大切なことは今、そしてこれからどのように生かされている私たちが歩んでいくかということです。主の真実と愛によって、どんな時にも揺るがない信念を持って歩んでいきましょう!

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